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佐藤龍猪訳「モルモン経」の四つの装丁による改訂箇所の続き


 前回の記事「佐藤龍猪訳「モルモン経」の「ごらん」の訳語と改訂箇所」では、昭和版である佐藤龍猪訳「モルモン経」の装丁によって改訂箇所があり、その中から三カ所の改訂箇所を紹介しましたが、今回は残りの四か所を取り上げたいと思います(細かく調べるともっとあるかもしれません)。

モルモン経明治訳・昭和佐藤龍猪訳、平成訳、平成訳改訂版



モーサヤ3:5

第一装丁版、第二装丁版
現在この世を治めたまい、また無限の過去から無限の将来に亘ってまします全能の主が勢い強く天から人間に降臨して土から成る身体に宿りたまい、・・・

第三装丁版、第四装丁版
現在この世を治めたまい、また無限の過去から無限の将来に亘ってまします全能の主が権能をもって天から人間に降臨して土から成る身体に宿りたまい、・・・

 「全能の主が勢い強く天から人間に降臨」したと能動的なのが、「全能の主が権能をもって天から人間に降臨」したと修正されました。明治訳は第一装丁版、第二装丁版と同じ。平成訳は「全能の主が、力をもって天から」と原文の「that with power,」の字義訳な感じです。


アルマ40:11

第一装丁版、第二装丁版
・・・この死ななくてはならぬ肉体を離れるとその霊に生命(いのち)を与えたもうた神が備えたもうたところへ帰るのである。これは天使が私にお示しになった。

第三装丁版、第四装丁版
・・・この死ななくてはならぬ肉体を離れるとその霊に生命(いのち)を与えたもうた神のところへ帰るのである。これは天使が私にお示しになった。

 明治訳も第一装丁版、第二装丁版と同じ。平成訳は第三装丁版、第四装丁版と同じ。


ニーファイ第三11:36

第一装丁版
・・・御父とわれと聖霊とは一つの神会を成す故なり。

第二装丁版、第三装丁版、第四装丁版
・・・御父とわれと聖霊とは一つなればなり。

 明治訳も平成訳も第二装丁版以降と同じ。

原文は「for the Father, and I, and the Holy Ghost are one.」で1823年の手書き原稿、1830年初版(パルマイラ)、1920年改訂版、1981年改訂版、2013年改訂版も同じ。

The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1963年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)
The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1961年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)


モルモン書,1823年 p382 手書き原稿 ニーファイ第3 11:36
モルモン書,1829年印刷業者原稿 p382


モルモン書,1830年 p479 ニーファイ第3 11:36
モルモン書,1830年 p479


モルモン書,1920年 ニーファイ第3 11:36
モルモン書,1920年


モルモン書,2013年PDF ニーファイ第3 11:36+欄外注
モルモン書,2013年(1981年改訂版も同じ)


モルモン書,2013年 ニーファイ第3 11:36+欄外注
モルモン書,2013年 公式サイト


 英語版は本も公式サイトのものも共に「one」のところに付された注があり、欄外注を見ますと、印刷版は「b TG Godhead; Unity」、サイト版は画像のようになっています。日本語訳には36節に欄外注はありません。英文のTopical Guideは日本語訳だとモルモン書の巻末にある「聖句ガイド」で、そこの「神:神会」の項目を見よということです。

 しかし、第二装丁版、第三装丁版、第四装丁版もニーファイ第三28:10などでは、「・・・われと御父(おんちち)とは一つの神会を成す。」(「and the Father and I are one;」、明治訳は「一つ」)と訳していますし、ニーファイ第二31:21などでも「・・これはまことに、キリストの教えであって永遠に一つの神会(しんかい)を成す天の御父(おんちち)と御子(おんこ)と聖霊の唯(ただ)一つの真正な教えである。 アーメン。」(「・・・ this is the doctrine of Christ, and the only and true doctrine of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost, which is one God, without end. Amen.」、明治訳も「神會」)としているのに、どうしてこちらはわざわざ「一つ」に修正したのかちょっと疑問。


イテル2:8(平成訳では「イテル書」の書名は「エテル書」に変更)

第一装丁版、第二装丁版
・・・主は断乎としてジェレトの兄弟に誓いたもうた。

第三装丁版、第四装丁版
・・・主は断乎としてジェレドの兄弟に誓いたもうた。

 第一装丁版、第二装丁版はイテル書の他の個所では「ジェレド」となっているので、単なる誤字脱字・誤植の類。


イテル12:6

第一装丁版、第二装丁版
・・・信仰の度(ど)を試してからでないと目で見るような証明が得られないからである。

第三装丁版、第四装丁版
・・・信仰の度(ど)を試してからでないと証が得られないからである。

 明治訳は第一装丁版、第二装丁版と同じ、平成訳は第三装丁版、第四装丁版と同じ。

佐藤龍猪訳「モルモン経」の「ごらん」の訳語と改訂箇所


 ひさしぶりに「モルモン経」を手にして開いて見ますと、なんともやたらと「ごらん」という言葉が出てきます。モルモンの宣教師から「モルモン経」をもらって一回通読した時にも、この「ごらん」というフレーズがよく出てくるなーという印象を持ったものです。

 「モルモン経」で「ごらん」と訳されている語の原文はBeholdで、それを「モルモン経」の原典である英文のThe Book of Mormonのコンコルダンスで見た所、Beholdは1575回出ていると書いていました。英訳聖書であるジェームズ王欽定英語訳聖書(King James Version、KJV)に出てくるBeholdの語は、「STRONGEST STRONG'S」というKJVのコンコルダンスで、KJVには1326回出ているとあります。英語訳の旧・新約聖書よりもずっと本として分量の少ないのにもかかわらずこんなに頻出しているのに驚きました。

 1575箇所全部調べるのは面倒なので、「モルモン経」の最初の書である「ニーファイ第一書」をみてみました。見落としがあるかもしれませんがBeholdは81回出て来て、その内46回が「ごらん」、27回が「見よ」その他、8回が訳出されていませんでした。訳者の好みなんでしょうかね。平成訳になるとこういうことはなくなり改善されました。

昭和版(佐藤龍猪 訳)モルモン經の四つの装丁版

 あとこの昭和の佐藤龍猪訳「モルモン経」は以前書いた「昭和版 佐藤龍猪訳モルモン經 」の記事の中でも取り上げましたが四つの装丁があり、最初の装丁版の1957年初版の誤字脱字・誤植などの正誤表は機関紙「聖徒の道」1957年7月号にて発表され、翌年1958年7月10日二刷で修正されました。そう言った誤字脱字などの修正は別として、ずっと同じ訳文なのかと思っていたらそうではありませんでした。

 これも全体を一々違いを探すのは面倒なので、「ニーファイ第一書」と「ニーファイ第二書」から見て行きたいと思います。ざっと探したところ三カ所ありました。


ニーファイ第一17:41の第一装丁版と第二装丁版では


"しかし、かれらはちょうどあなたたちのように心をかたくなにしたから、主は荒野の中で主の棒をもってかれらの罪を罰し、かれらの曲がっているのをため直し、火のように飛ぶ蛇をかれらの中につかわしたもうた。しかし、かれらがかまれたあとでこれを癒す方法は備えて置きたもうた。そして癒されるための骨折りとては、ただ目を向けて見るだけのことであったが、この骨折りが簡単で容易であったがためにかえって死んだ者が多かった。"


となっていますが、第三装丁版で次のように改訂されました。

"しかし、かれらはちょうどあなたたちのように心をかたくなにしたから、主は荒野の中で主の棒をもってかれらの罪を罰し、かれらの曲がっているのを直し、火のように飛ぶ蛇をかれらの中につかわしたもうた。しかし、かれらがかまれたあとでこれを癒す方法は備えて置きたもうた。そして癒されるための骨折りといえば、ただ目を向けて見るだけのことであったが、この骨折りが簡単で容易であったがためにかえって死んだ者が多かった。"


これは表現がおかしかったものを読みやすく直した感じです。


次にニーファイ第二9:6の第一装丁版と第二装丁版では


"万人に死が伝わったから大いなる造り主の憐み深い道が成就するためには必ず復活を来す能力がなくてはならない。そしてこの復活は人間の始祖が堕落をしたから必ず人間にこなくてはならない。そして人間の始祖が堕落をしたのは律法を破ったから生じたのである。かように人間は堕落をしたために、主の御前から追い出されてしまった。"


第三装丁版で次のように改訂されました。


"大いなる造り主の憐み深い道が成就するためには万人に死が伝わったから必ず復活を来す能力がなくてはならない。そしてこの復活は人間の始祖が堕落をしたから必ず人間にこなくてはならない。そして人間の始祖が堕落をしたのは律法を破ったから生じたのである。かように人間は堕落をしたために、主の御前から追い出されてしまった。"


冒頭の "万人に死が伝わったから" の部分と "大いなる造り主の憐み深い道が成就するためには" の部分を前後を入れ替えた改訂です。


そして、ニーファイ第二25:23です。こちらは第一装丁版


"何故ならば、人がどんなに勉め励んでも、その救われるのはひとえに神のめぐみによることを私たちは知っているから、自分らの子孫と兄弟たちにキリストを信じさせ、神のみこころにかなうようにするために、私たちは力をつくして書き誌(しる)すからである。"


となっていたのですが、第二装丁版から以下のように改訂されました。


"だから私たちが力をつくして書き誌(しる)すのは、自分たちの子孫と兄弟たちを説得してキリストを信じさせ、神との一致を得させるためであり、それは人が最前をつくしてはじめて、神のめぐみにより救われることを知っているからである。"


 この個所は思想が大きく変わっています。神の恵みによる救いが、神の恵みによる救いを得るには人の行いが前提という方向転換の訳に代わってしまいました。


第一装丁版の訳文は明治訳の訳文と変わりません。以下に明治訳を引用します。


"何となれば、人は如何ばかり勉め励むとも、其救はるゝは偏(ひとへ)に神の恩恵(めぐみ)に頼(よ)ることを我等知れば、己が子孫と兄弟等にキリストを信ぜしめ、神の御旨に適(かな)はしめん爲、書物(かきもの)に力を盡せばなり。"
(明治訳)


第二装丁版以降はモルモンの行為主義にあった訳になっています。今回は英文原典の1830年初版、1879年改訂版、1920年改訂版、1981年改訂版に当たっていないので、原文の方の変更があるのかもしれません。気が向いたら確認しようかなと思います。

和訳モルモン聖典 明治訳・昭和佐藤龍猪訳、昭和訳合本、平成訳、平成訳改訂版

***追記2022/12/30***

「The Book of Mormon」のニーファイ第二25:23の個所は、1930年、1840年版、1920年版、1981年版、2013年版を見てみましたが本文自体は変更されていませんでした。

2 NEPHI 25:23

1830年版
for we labor diligently to write, to persuade our children, and also our brethren, to believe in Christ, and to be reconciled to God; for we know that it is by grace that we are saved, after all that we can do.
Book of Mormon, 1830 . 105ページ ニーファイ第二25:23
(画像 Book of Mormon, 1830. p105)


1840年版
for we labor diligently to write, to persuade our children, and also our brethren, to believe in Christ, and to be reconciled to God; for we know that it is by grace that we are saved, after all we can do.
Book of Mormon, 1840 . 104ページ ニーファイ第二25:23
(画像 Book of Mormon, 1840. p104)

1920年版
23. For we labor diligently to write, to persuade our children, and also our brethren, to believe in Christ, and to be reconciled to God; for we know that it is by grace that we are saved, after all we can do.
Book of Mormon, 1920 . ニーファイ第二25:23
(画像 Book of Mormon, 1920.)

1981年版
23 For we labor diligently to write, to persuade our children, and also our brethren, to believe in Christ, and to be reconciled to God; for we know that it is by grace that we are saved, after all we can do.

2013年版
23 For we labor diligently to write, to persuade our children, and also our brethren, to believe in Christ, and to be reconciled to God; for we know that it is by grace that we are saved, after all we can do.

Google翻訳で訳すと

23.私たちは、子供たちや兄弟たちにキリストを信じ、神と和解するよう説得するために、熱心に書いています。 私たちは、できる限りのことをした後、恵みによって救われることを知っているからです。

となり、佐藤龍猪訳の第二装丁版以降の訳文と同じです。明治訳と第一装丁版は、どうして英文原典と違ってしまったのかと疑問が残ります。

いつの間にか閉鎖されていた


 モルモンについていろいろ資料を取り揃えて批判している優良なサイト三つが閉鎖していた。
一応以下のサイト名のところをクリックするとインターネットアーカイブのウェイバックマシンで見ることが出来ます。

「聖徒の未知」へようこそ!

モルモン教会の真実を知りたい人のために 「聖徒の未知」へようこそ!


ぜみなーるモルモン教は信じるに足るか

ぜみなーるモルモン モルモン教は信じるに足るか


モルモン書を切り刻む

モルモン書を切り刻む

 聖徒の未知のサイトにある「高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」」はこの本を持っていない人にはありがたかったし、この本から引用するのにも便利でした。

 エホバの証人系のアンチブログや批判サイトは数が多いのですが(優良なサイトはいくつか閉鎖されていたりもする。元二世信者のはあまり役立たないことが多い。教義的過ちに気づいたから離れたのではなく、何らかの理由で排斥された。不活発になり自然消滅を狙ったり、あと親子関係、人間関係や組織への批判のものが多く、エホバの証人の教義が聖書から誤っているとは考えていないように見えるものが多い。)、まともな資料をそろえたモルモン教の批判サイトは、日本では閉鎖されたこの三つの他には、あと、「モルモン教会の考察」しかなく残念なことです。まあいくつか記事が役立つアンチブログはありますが。残念なところです。



改訂新版 モルモン書


 前回、「昭和版 佐藤龍猪訳モルモン經」について書きましたが、今回は平成になってから新しく訳された日本語版モルモン書について若干見て行きたいと思います。

平成訳、平成訳三聖典合本、平成訳ソフトカバー、平成訳2009年改訂版、平成訳2009年改訂版三聖典合本小型


モルモン書 1995 ハードカバー URL


 1995(平成7)年7月に、昭和年32年から長らく使われていた佐藤龍猪訳「モルモン経」に変わる新しい翻訳版の「モルモン書」が印刷出版されました。このことについてモルモンの機関紙「聖徒の道(現在の雑誌名は「リアホナ」誌)」の1995年9月号 ローカルページに、『改訂新版 『モルモン書』 (日本語)の発刊に当たって』という見出し記事があります。

その中で
" ・・・
 1830年に 『モルモン書』 (英語版) の初版が発行されて以来,英語版 『モルモン書』 は何度か改訂されてきました。まず,1879年に,オーソン・プラット長老が本文を現行の章と節に分け,脚注を付けました。続いて1920年,ジェームズ・E・タルメージ長老が本文を 2 段組みにし,章ごとに概要を付記しました。さらに脚注を追加し,年代の脚注を付け,索引を編纂し、本文の何か所か校訂しました。
 1981年,スペンサー・W・キンボール大管長の指示を受けて,英語版 『モルモン書』 『教義と聖約』 『高価な真珠』 に新しい序文が付け加えられ,各章の前書きも更新され,新たな脚注が加えられ,索引が編纂し直されました。また,出版前の原稿と預言者ジョセフ・スミスが校訂した初期の版に合わせて,わずかな訂正が本文に加えられました。改訂新版 『モルモン書』 (日本語) は,この1981年の英語版を底本としています。
・・・ "
(1995年9月号 ローカルp3)

とありました。

 新しい翻訳版が1981年英語版から訳されたとなっています。しかし、1981年英語版と1995年の日本語版に違いがあり、先に引用した「聖徒の道」の中にある1920年英語版には "年代の脚注を付け" とあり、それが1981年版で "各章の前書きも更新され,新たな脚注が加えられ" たとされていますが 、手元にある1989年印刷の「HOLY BIBLE, BOOK OF MORMON, DOCTRINE AND COVENANTS, PEARL OF GREAT PRICE」 (四大聖典合本 (英語))ではちゃんと1920年版と同じく脚注(各ページごとにある)に年代があり、年代については変更されていないことが分かります。

The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1963年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)
The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1961年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)


 しかしながら1995年日本語版は、各章の前書きの最後に年代が書かれて、脚注の年代は無くなりました。それで2013年版の英語版を見ますと、1995年の日本語版と同じく前書きの最後に年代があり脚注には無くなっています。英語版のモルモン書の1989年印刷版にはあり、1995年日本語版には無いということは、すでに日本語版の翻訳の底本では、日本語版と同じ形式になっていた可能性があります。1995年7月印刷ですから翻訳や校正、修正などありますから1992とか3年あたりには作業は始まっていたかもしれません。とすると1990年からこの間に英語版が小修正されたのかもしれません。物が無いので推測するだけです。

1920.edと佐藤龍猪訳 ニーファイ第一4章 URL

ニーファイ第一4章 英語版と2009年日本語版

THE BOOK OF MORMON 1981年版と2013年版


 昭和版の四番目の装丁版で、本文の前の部分を1981年版に合わせる形になりましたが、今回は1981年版からの訳なので、英語版と一緒の配置になります。

p1-2.jpg

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 続いて2004年にこの1995年翻訳版のソフトカバー版が出版されました。1995年版は昭和版同様ハードカバーでしたが、ペーパーバック本になってちょっとチープになりました。装丁デザインは1995年版と同じで、背表紙に「モルモン書」の文字があり、その文字の上下に一本づつ横線が入り、下の方に「末日聖徒イエス・キリスト教会」と教会名が入っています。裏表紙は何も書いていません。ただハードカバーがペーパーバックになった違いだけです。

モルモン書ソフトカバー2004年 URL


 次に2009年に改訂版が出されました。そのことについて「リアホナ」誌の2009年4月号には

" 末日聖典の改訂新版を発刊
―日本語聖典,初のパソコン(DTP)組版へ
 ・・・
 ・・・
 教会は聖文の扱いに極めて慎重であり,単純な誤字・脱字の訂正であっても,教会本部の聖典委員会と大管長会の承認が必要である。そのため今回発刊される末日聖典は,1995年に現在の翻訳で刊行されて以来,14年ぶりの改訂版となる。翻訳自体が大きく変わるわけではないが,「監督」を「ビショップ」に,といった教会用語の変更をはじめ,より正確な聖文となるよう,細部にわたるていねいな校訂が反映されている。
 一方,この改訂版は,日本の聖典では初めて,パーソナルコンピューターによる電子組版(DTP=デスクトッププリンティング)が行われた。全ページを最初から組み直してあり,レイアウトや書体も変更された。これは将来に向け,さらに柔軟な聖文の活用に備えるものである。特に,近年発展が著しいインターネットをはじめとするIT分野への応用が期待されている。現在,教会公式ウェブサイトでは英語の聖文の電子版が公開されているが,将来は日本語を含む多くの言語版での公開が構想されている。◆ "

モルモン書 2009 改訂版 URL


とあり、小改訂版であることが分かります。装丁と厚さが変わりました。今度は表は変わりませんが、背表紙は「モルモン書」と文字だけになり裏表紙に教会名が書かれています。シンプルというか、味も素っ気も無い装丁になった感じでそして薄くなり、製本も頼り気のない感じがします。まあ、信徒は合本版を使うのでしょうから伝道用に配ることを意識した感じがします。価格も2004年版のソフトカバー版が600円したのに対して2010年カタログで250円(2021年11月末で税込み330円)ですから半額以下(現在だとちょうど半額くらい)とかなりお安くなりました。宣教師がタダで配っている「モルモン書」は教会員が買って宣教師が持って行くモルモン書の棚に献品する形ですから(昔はそうでしたが今も変わらなければそう)教会員のお財布にも優しいということでしょう。まあ、総収入額の十分の一を献金させるのですからそういう負担を下げるくらいはしないと。

リアホナ 2004年7月号ローカルニュース


 2009年改訂版で改訂された箇所を何か所か見たいと思います(巻末の「聖句ガイド」も変わりましたがそこは省略)。

改行箇所の違い

ニーファイ第二
第6章
    ヤコブ,ユダヤ人の歴史を詳しく述べる。バビロニ
  ア捕囚と帰還。イスラエルの聖者の務めと十字架の


第6章
    ヤコブ,ユダヤ人の歴史を詳しく述べる。バビロ
ニア捕囚と帰還。イスラエルの聖者の務めと十字架の

***

ひらがな→漢字

ニーファイ第二6:3

・・・また,あなたがたも知っているように,わたしはこれまでも心配してきた。そのためにわたしは,力のかぎりあなたがたに説き勧め,・・・

・・・また,あなたがたも知っているように,わたしはこれまでも心配してきた。そのためにわたしは,力の限りあなたがたに説き勧め,・・・

***

訳文の変更

ニーファイ第二33章2節

2 しかし見よ,聖なる御霊に対して心をかたくなにする人が大勢いる。彼らには聖なる御霊は宿ることがおできにならない。そのために,これらの人々は,書き記されている多くのことを捨てて,これらを価値のないものと見なす。

2 しかし見よ,聖なる御霊に対して心をかたくなにする人が大勢いる。彼らには聖なる御霊は宿りたまわない。そのために,これらの人々は,書き記されている多くのことを捨てて,これらを価値のないものと見なす。

佐藤龍猪訳
2 しかしながらごらん、世の中には聖霊に対してその心をかたくなにする人が多いから、聖霊はこれらの人々を感動させることができない。従ってこれらの人々は書き記してある多くのことを捨てて、 これを価値のないものと見なす。

1920.Edition
2. But behold, there are many that harden their hearts against the Holy Spirit, that it hath no place in them; wherefore, they cast many things away which are written and esteem them as things of naught.

2013
2 But behold, there are many that harden their hearts against the Holy Spirit, that it hath no place in them; wherefore, they cast many things away which are written and esteem them as things of naught.

***

差別・不快語の変更(らい病→重い皮膚病)

ニーファイ第三17章7節

7 あなたがたの中に病気の者がいるか。彼らをここに連れて来なさい。足の不自由な者,目の見えない者,足の悪い者,手の不自由な者,らい病にかかっている者,体のまひしている者,耳の聞こえない者,あるいはどんなことでも苦しんでいる者がいるか。彼らをここに連れて来なさい。癒してあげよう。わたしはあなたがたのことを哀れに思い,わたしの心は憐れみに満たされている。

7 あなたがたの中に病気の者がいるか。彼らをここに連れて来なさい。足の不自由な者,目の見えない者,足の悪い者,手の不自由な者,重い皮膚病にかかっている者,体のまひしている者,耳の聞こえない者,あるいはどんなことでも苦しんでいる者がいるか。彼らをここに連れて来なさい。癒してあげよう。わたしはあなたがたのことを哀れに思い,わたしの心は憐れみに満たされている。

佐藤龍猪訳
7 汝らの中にて今病める者あるか。その者たちをここに連れ来れ。汝らの中(うち)にて足なえ、めくら、びっこ、かたわ、らい病人、痿(な)えたる者、つんぼ、またはいかなる病にてもあれ悩める者は、その者たちをここに連れ来れ。われは汝らを憐み、汝らに対する慈悲の心にて溢るるばかりなれば、これらの者を医(いや)さんとす。

***

 まあ、何というか原本や写本もないのによく本文の変わる団体だな~という感じがします。



***

モルモンカテゴリー記事

偽りのかなめ石 偽書であるモルモン書 1

偽りのかなめ石 偽書であるモルモン書 2

聖書を改変するモルモン教

有名なモルモン書のあり得ない箇所と言い訳

白い肌と黒い肌

金版、真鍮版

金の板に文字が書かれていれば利用しようとする

モルモンに対して

Joseph Smith, Jr., as a translator : reprint of an inquiry conducted  pp.23-31

モルモン教義と黒人

ハムの妻エジプタスとその娘エジプタスとその子パロ 

昭和版 佐藤龍猪訳モルモン經


昭和版 佐藤龍猪訳モルモン經


 昭和版の佐藤龍猪訳の「モルモン經」には四つの装丁があります。1957年5月30日の初版の黒表紙で四角い囲みの中に「モルモン經」の文字が箔押しで表と背にあるだけのシンプルな装丁となっています(明治訳「モルモン經」と同じデザイン。ただし明治訳は黒表紙ではなく緑色のハードカバー本)。

 60年代の同じ黒表紙で背は同じだが表には囲み無しで「モルモン經」の文字とモロナイがラッパを吹いている絵(斜め正面)が箔押しされているものに変わりました。

次に70年代から80年代初めころまでのは、濃い紺色のハードカバーに変わり、表紙にはモロナイがラッパを吹いている絵(横向き)のみで、背には囲み枠は無くなり「モルモン經」と二重横線が五つ。

最後に80年代中・後半から1995年の平成訳が出るまでの間に出されたもの。こちらは同じ濃紺のハードカバー版で表は「モルモン経」が真ん中に太字で、その左側に一段下がりで題字より小さい文字で「イエス・キリストについてのもうひとつの証」と文字のみになり、背も「モルモン経」の文字と文字の上下に二重横線があるだけのシンプルなものになりました。

昭和版(佐藤龍猪 訳)モルモン經四装丁 URL


 佐藤龍猪訳初版は Book of Mormon 1920 Edition からの翻訳で、構成は1920年版に準じているようです。

*

モルモン經とBook of Mormon 1920 Edition


A Few Interesting Book of Mormon References        
 (日本語版無し)

Title Page                                 
 (日本語版無し)

(英語版無し)
 扉表題

copyrightや発行者、発行年                      
 訳者名と出版年

(英語版無し)                                     
 モルモン経のとびらの言

BRIEF ANALYSIS OF THE BOOK OF MORMON          
 モルモン経の簡単な解剖

ORIGIN OF THE BOOK OF MORMON                
 モルモン教の起源

THE TESTIMONY OF THREE WITNESSES             
 三人の見証者の証言

AND ALSO THE TESTIMONY OF EIGHT WITNESSES      
 八人の見証者の証言

NAMES AND ORDER OF BOOKS IN THE BOOK OF MORMON 
 目次

以下本文になります。

*

 第二装丁版と第三装丁版では目次の位置が変わり「訳者名と出版年」の次に来て、その目次の裏側にモロナイ書第10章3~4節のことばが印刷され、「モルモン経のとびらの言」と「モルモン経の簡単な解剖」の間に8ページの絵や写真が載せられた写真版カラーページが付きました。目次が前に移動したので「八人の見証者の証言」の次から本文が始まります。これはThe Book of Mormon の1961年改訂版(青表紙版、この版から挿絵と冒頭の8ページのカラーページが付きました。)に合わせて日本語版が改訂されました。第二装丁版ではまだ1961年英語版の8ページのカラーページは入れませんでしたが、構成と挿絵を入れ、第三装丁版では8ページのカラーページも入れました。

1961 The Book of Mormon


モルモン經(二代目・三代目装丁)の全8ページのカラーページ URL


 第四装丁版では英文 Book of Mormon が1981年に改訂版が出版され、本文の前の構成が変わりました。日本語訳もそれに合わせて構成を変えました。

*

TOP Title (「THE BOOK OF MORMON ANOTHER TESTAMENT OF JESUS CHRIST」に変更)                               
 扉表題(英語版と同じ「モルモン経 イエス・キリストについてのもうひとつの証」に変更)

2013 TopPage 小


Title Page
 日本版無し

2013 TitlePage 小

                               
First English edition published in 1830の文字のみ         
 (日本版無し、日本語版は「訳者名と出版年」)

(英語版無し)
 按手の絵

(英語版無し)
 モルモン経とびらの言葉

                            
 序文                      
1981,2013PDF


THE TESTIMONY OF THREE WITNESSES               
 三人の見証者の証言

THE TESTIMONY OF EIGHT WITNESSES               
 八人の見証者の証言

TESTIMONY OF THE PROPHET JOSEPH SMTH(英語版は「予言者ジョセフ・スミスの証」との表題に変更)
 モルモン教の起源
           
A BRIEF EXPLANATION ABOUT THE BOOK OF MORMON     
 モルモン経の簡単な解剖

NAMES AND ORDER OF BOOKS IN THE BOOK OF MORMON   
 目次

以下本文になります。

*

 また、二代目の装丁版から本文中(ニーファイ第一書19章、モーサヤ書12章と13章の間、ヒラマン書14章、イテル書2章)に、本文と関連した挿絵の写真版カラーページが付きました。

 第四装丁版では第二・第三装丁版にあった「モルモン経のとびらの言」と「モルモン経の簡単な解剖」の間の写真版カラーページが無くなり、写真版カラーページの一ページ目にあったイエスが按手しているの絵が写真版カラーページではなく本紙へのカラー印刷になって残ったのと、タイトルが「モルモン経 イエス・キリストについてのもうひとつの証」と1981年改訂版に合わせて変更されました。

 あと、これも1981年英語版に合わせて、英訳版の「I NTRODUCTION」の日本語訳の「序文」が付いたのが大きな違いとなります。本文の訳は、1920年版(から訳された初版装丁版)と1981年版(から訳された1995年の平成訳)で変更箇所のいくつかを比べて見て、それを最初の装丁版と第四装丁版で比べて見て、それまでの装丁版と本文は変わってはいませんでした。

モルモン経 第四装丁版 49刷(ハードカバー)、41刷(ソフトカバー)


 この第四装丁版の41刷(1989年2月20日)は従来のハードカバー製本ではなく、ソフトカバー製本となっていました。同年6月30日の42刷ではまたハードカバー製本に戻りました。41刷のみがソフトカバーとなっています。

 
***

ちょっと蛇足ですが、「聖徒の道」1957年7月号の「ニュース欄 「新訳モルモン経」の出版に際して 佐藤龍猪」という記事の中に、初版のモルモン經の正誤表があり、その箇所を手元にある翌年1958年7月10日に再販された二刷目になる「モルモン經」で確認しましたらしっかりと修正されてました。

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 英文1920年版と1981年版の Book of Mormon の改訂箇所の極一部を、1920年版を底本とした佐藤龍猪訳、1981年版を底本とした1995年に出た改訂新版を対照してみたいと思います。上が佐藤訳、下が1995年改訂新版になります。

ニーファイ第一書 3:10

10 やがてエルサレムの地へ着くと、私と私の兄弟たちは互いに相談をしたのであった。

10 そしてエルサレムの地に着くと、わたしと兄たちは相談した。



ニーファイ第一書 13:24

24 「汝はその書物がユダヤ人から出てきたのを見たが、始めそれがユダヤ人から出てきた時には、その中にある十二使徒が神の子羊にある真理によって証をした主の福音が誰にもわかるままにのっていた。

24 また、主の天使はわたしに言った。「あなたはその書物がユダヤ人の口から出て来たのを見たが、それがユダヤ人の口から出て来たときには、主の完全な福音が載っていた。この主については、十二使徒が証をしており、彼らは神の小羊にある真理によって証をしている。


ニーファイ第二書 1:1

1,さて私ニーファイが兄弟たちに教えてしまってから、父のリーハイもまた多くの事を兄弟たちに話した。すなわちかれらをエルサレムの地からつれ出すに当り、主がかれらのため偉大な御業を多くなしたもうたころを話し、

1 さて、わたしニーファイが兄たちに教え終えてから、父のリーハイもまた多くのことを兄たちに話し、主が彼らをエルサレムの地から連れ出すに当たり、どれほど大いなることをなさったかを彼らに語った。


ニーファイ第二書 2:23

23 また、アダムとイヴは子供をもうけることもなかったであろうし、それから不幸を知らないから喜びもなく、罪を知らないから善もなさず、そのまま罪が無い状態に留ったであろう。

23 そして、アダムとエバ​は子供を持たなかったであろう。また、不幸を知らないので喜びもなく、罪を知らないので善も行わず、罪​のない状態にとどまっていたであろう。


ニーファイ第二書 30:6

6,そこで、かれらはこれが全く神から与えられた恩恵であるのを知って喜び、心の暗が次第に消えてまだ多くの代がたたない撃ちに皮膚の色が白くて喜ばしい民になる。

6 そこで彼らは、それが神の手から自分たちに与えられた祝福であることを知って、喜ぶであろう。また、暗黒のうろこが彼らの目からはがれ始め、多くの世代が過ぎないうちに、彼らは清い、喜ばしい民になる。


ヤコブ 7:25

25 それであるから、ニーファイの民はその救いの岩である神によりたのんで、力の限りにその軍勢を以てレーマン人をふせぐために国を固めたから、当時までは敵に打ち勝っていた。

25 それゆえ、ニーファイの民は自分たちの救いの岩である神に頼りながら、武器とあらんかぎりの力をもって、レーマン人に対する防備を固めた。そのため、この当時までは敵に勝利を収めていた。


モーサヤ書 29:15

15 罪悪を犯す者は、これをわれらの先祖から伝わった法によって罰してきた。

15 また、わたしは罪悪を犯した者に、それがだれであろうと、わたしたちの先祖から与えられた法に従って、その者の犯した罪科に応じて罰を与えてきた。


アルマ 29:4

4 私は多過ぎる希望をもって正義の神の堅い取り極めを不満に思ってはならない。なぜならば、人が死を願うのにも生を願うのにも神はこれに応じたまい、人の心が救いを求めるのも亡びを求めるのも神はこれを許したもうと言うことを知っているからである。

4 ​わたしは、公正な神の堅い定めを、わたしの願いによって乱してはならないのである。人が死ぬことを望もうと生きることを望もう​と、神が彼らの望むままにされることを知っているからである。まことに、人々が救いを望もうと滅びを望もうと、神は彼らの意のままに、不変の定めを彼らに布告されるということをわたしは知っている。


アルマ書 46:31

31 そこでモロナイは、すでに集って武装をし平和を守ると言う誓約を立てた自分の兵をくり出して早く行かなくてはならぬと認めたので、荒野の中でアマリカヤの軍の進路を断ち切ろうとしてすぐに軍を率いて進んで行った。

31 そこでモロナイは、すでに集まって武装し、平和を守るという聖約を交わしている自分の軍隊を率いて行くのがよいと思った。このようにして彼は、荒れ野でアマリキヤの進路を断つために、軍隊を率いて、天幕を携えて荒れ野に進軍した。


ニーファイ第三書 3:23

23 民が集合する所と定めてあった土地は、ゼラヘムラの地とバウンテフルの地であった。すなわち、それはゼラヘムラの地からバウンテフルの地とデソレションの地との境界に至る土地であった。

23 指定された地は、ゼラヘムラの地と、ゼラヘムラの地とバウンティフルの地の間の地であり、バウンティフルの地とデソレションの地の間の境界にまで達していた。


ニーファイ第三書 16:10

10 御父(おんちち)は汝らに言えとわれに命じたまえり。すなわちもし異邦人がわが福音に対して罪を犯し、ほかのあらゆる民あるいは全世界の人々にもまして心おごり、あらゆる偽り、欺偽、悪事、偽善、人殺し、祭司の売教、みだらなる行いまた秘密の憎むべき行いなどをして、わが完全なる福音を拒む時あらば、御父の言いたまいしごとく『われはわが完全なる福音を異邦人の中より取り去り、

10 また父は、あなたがたに次のことを言うように、わたしに命じられた。『異邦人がわたしの福音に背いて罪を犯し、わたしの完全な福音を受け入れず、あらゆる国民、全地のあらゆる民にも増して高慢な心で高ぶり、あらゆる偽りと欺き、悪事、あらゆる偽善と殺人、偽善売教、みだらな行い、秘密の忌まわしい行いにふけるその日、もし彼らがそのようなことをすべて行い、わたしの完全な福音を受け入れなければ、見よ、わたしは彼らの中からわたしの完全な福音を取り去ろう』と、父は言われる。


モロナイ書 9:24

24 私たちの同胞(はらから)であってレーマン人の方へ移った者が多くある。これからもレーマン人の方へ移る者が多くあるであろう。私はこれを知っているから、この国民の全滅に際してお前一人生きのこるならばいささか記録をしておけ、私はお前に逢わないで死ぬかも知れぬが、お前に渡して頼みたいと思う神聖な記録があるから、じきにお前に逢えると思っている。

24 また,もし彼らが滅びるならば、わたしたちが知っているように、わたしたちの同胞の多くがすでにレーマン人のもとに脱走して行ったが、もっと多くの者がレーマン人のもとに脱走して行くであろう。ところで、もしあなたが命を助けられ、わたしが死んであなたに会えないようであれば、少し書き記しなさい。しかしわたしは、もうすぐあなたに会えると確信している。あなたに渡したい神聖な記録を持っているからである。

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2023年11月21日 修正加筆
2023年11月22日 修正加筆

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Author:athanasius
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