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法華経や日蓮について感じたこと 4


立正安国論の巻物


 日蓮について感じたことは、当時、世情に天変地異や飢饉、疫病、などの災害が立て続け起きていたことや日蝕・月食、彗星を見たことや、当時はやり始めていた法然の念仏信仰などを信じたり、「薬師経」を信じて薬師如来に頼ったり、真言や禅、般若経典の空を信じ頼り、それに対して日蓮が正法とする法華経は顧みられないことなどに対して、「仁王般若経」巻の下の護国品第五、「金光明最勝王経」の巻の第六の四天王護国品第十二、「大集経」、「薬師経」などから国の禍のがどうして起こるのか、どうなるのかについて書かれた箇所を引用しつつ、邪宗邪義の蔓延と正法(日蓮は「法華経」と信じているが、引用した文証はそれぞれの経典を指している)をおろそかにすること、正法の流布を邪魔すること、これこそがこういった禍の原因であると思いこんで、「立正安国論」を書いて、それを鎌倉幕府の執権北条時頼に送っています。

昭和新纂国訳大蔵経 経典部 第四巻 記名


 引用した経文の中に、隣国からの侵略されることについての言及があったことから(三災(「大集経」)七難(「薬師経」「仁王般若経」)の中の「薬師経」の他国侵逼難、「仁王経」の悪賊難が他国侵略についての個所)、元寇が来た時には、当たったことを声高に主張し、そら見たことかと執権と幕府要人や有力寺院の十一か所に手紙(十一御書)を書き送ったりしていましたが、結局、朝廷も幕府も日蓮を用いることなく、謗法の者たちが天下に満ちていて、もちろん法華経に帰依することもないのに日本は滅びることもなく、蒙古に支配されることもなく、内乱もなく、台風にて逆に蒙古の船が沈んでしまう始末。


霊艮閣版縮刷日蓮聖人御遺文、新編日蓮大聖人御書全集創価学会版、平成新編日蓮大聖人御書大石寺版 URL



 そして、もはやかつてのように当たったなどと吹聴するのを止め、弘安四年に「小蒙古御書」を書いて


"小蒙古御書 弘安四年六月一六日 六〇歳
                             花押
小蒙古の人大日本国に寄せ来たるの事
 我が門弟並びに檀那等の中に、若しは他人に向かひ、将又(はたまた)自ら言語に及ぶべからず。若し此の旨に違背せば門弟を離すべき等の由(よし)存知する所なり。此の旨を以て人々に示すべく候なり。
  弘安四年太歳辛巳六月十六日
 人々御中"

(「平成新編 日蓮大聖人御書 大石寺」 p.1559 、 霊艮閣版 p.2055)

などと十一御書に比べて手のひらを返したようなことを書いていたりします。

 何かに似ているなぁと思ったところ、あっ、ノストラダムスの予言と数多く世に出た解釈書に似ている、と思いました。その中でうっすらと記憶に残っているもので、ノストラダムス解釈で1991年のソ連崩壊を言い当てたヴライク・イオネスクになんとなく似ている感じがしました。

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 それが当たっていても、無理くりな解釈でも、言ったのはノストラダムスで解釈者に栄光が帰せられるのもおかしなことで、それと同じことが「立正安国論」にも言えて、他国侵逼難や悪賊難はそれぞれの経典を書いた人のもので、日蓮のものではないです。

 また、それらの経典を書いた人は、「法華経」なんて頭の中に無かったでしょうね。もちろん日本のことも念頭にはないでしょう。それを日本で日本の現象に当てはめること自体、現代のドゥームズデイ・カルトに見る終末預言の類と変わらないです。日蓮は日本最古の終末カルトの教祖かもしれません。

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 あと、ドゥームズデイ・カルトが終末の日時予測を外した時の対応にも似ています。ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)が終末の日時を外した時、ハロルド・キャンピングのFamily Radioとその終末日時を受け入れた団体が、その予言解釈を外した時、その対応が日蓮と似ています。そして、そのような団体が間違っていて外しても、一部軌道修正を施したりすることはあっても、根本的には自説に固執して間違いを認めないことも、既存団体に対してとても攻撃なところ、布教に熱心で、暴力に屈しないで、加えられる迫害や患難に対してより確信を深め孤立化していくところもよく似ています。


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法華経や日蓮について感じたこと 3


 「大乗非仏説」という "大乗仏教の経典は釈尊の直説ではなく、後世に成立したものだという説" (Wikipedia) というものがあそうですが、釈迦が死んで何百年も後に書かれたもの、それもそれが出るまでそのような教説があった痕跡もないものを釈迦の仏説だと信じてしまうのが(特に法華経)、ちょっとと言うかかなり理解しがたい感じがします。

 Wikipediaで「法華経」の項目を見ますと、成立時期について

 "『法華経』の成立時期については諸説ある。
代表的な説として布施浩岳が『法華経成立史』(1934)で述べた説がある。これは段階的成立説で、法華経全体としては3類、4記で段階的に成立した、とするものである。第一類(序品〜授学無学人記品および随喜功徳品の計10品)に含まれる韻文は紀元前1世紀ころに思想が形成され、紀元前後に文章化され、長行(じょうごう)と呼ばれる散文は紀元後1世紀に成立したとし、第二類(法師品〜如来神力品の計10品)は紀元100年ごろ、第三類(7品)は150年前後に成立した、とした。その後の多くの研究者たちは、この説に大きな影響を受けつつ、修正を加えて改良してきた。だが、近年になって苅谷定彦によって、「序品〜如来神力品が同時成立した」とする説が唱えられたり、「勝呂信静によって27品同時成立説が唱えられたことによって、成立年代特定の問題は『振り出しにもどった』というのが現今の研究の状況だ」と管野博史は1998年刊行の事典において解説した。
中村元は、(法華経に含まれる)《長者窮子の譬喩》に見られる、金融を行って利息を取っていた長者の臨終の様子から、「貨幣経済の非常に発達した時代でなければ、このような一人富豪であるに留まらず国王等を畏怖駆使せしめるような資本家はでてこないので、法華経が成立した年代の上限は西暦40年である」と推察した。また、渡辺照宏も、「50年間流浪した後に20年間掃除夫だった男が実は長者の後継者であると宣言される様子から、古来インド社会はバラモンを中心とした強固なカースト制度があり、たとえ譬喩であってもこうしたケースは現実味が乏しく、もし考え得るとすればバラモン文化の影響が少ない社会環境でなければならない」と述べた。 "

などとあります。手元の本とも大差がないので、こういう感じなんだろうと思います。

 口伝で大乗の在家信徒に伝承されていたというのは無理があるでしょう。第一次結集が阿羅漢果を得ている弟子たちによってなされていることと、結集当日の朝に阿羅漢果を得て参加が認められた弟子の中で多聞第一で、仏説をよく記憶していた阿南尊者によって「如是我聞」として教えが語られまとめられたとされます。

 法華経が言うように、釈迦の本当の優れた教えであるのなら、まずそれが結集されていなければおかしな話です。この結集には釈迦の十大弟子と文殊菩薩(大乗経典)をはじめ阿羅漢果を得た弟子たちが集まっていたわけですから、それはまた法華経の中で、釈迦から直接その教えを受けた弟子たちと云う事になりますから、まずは何をさておき結集しておかなければおかしな話ですが、この思想が出てくるのは、それよりも何百年も後で、完成したのは釈迦が死んでから6世紀も後の事。これを仏説と呼ぶのは無理があると思います。

 また、口伝伝承は非凡な才能と長い訓練が必要なもので、誰でもできるものではないでしょう。だからこそ第一次結集の時、仏説をよく記憶していた阿南尊者が望まれていたのでしょう。単に話を多く聞いていても、記憶していなければ意味はありません。また、多くの神話や民族譚の伝承者たちが非凡な才能と厳しい訓練を受けていることは、多くの神話や民族の間で見られたことです。

 古事記の稗田阿礼は、
"時有舎人。姓稗田、名阿礼、年是二十八。為人聡明、度目誦口、払耳勒心。即、勅語阿礼、令誦習帝皇日継及先代旧辞"
"そのとき、一人の舎人がいた。姓は稗田、名は阿礼。年は28歳。聡明な人で、目に触れたものは即座に言葉にすることができ、耳に触れたものは心に留めて忘れることはない。すぐさま(天武)天皇は阿礼に「『帝皇日継』(ていおうのひつぎ。帝紀)と『先代旧辞』(せんだいのくじ。旧辞)を誦習せよ」と命じた。"

と、"聡明な人で、目に触れたものは即座に言葉にすることができ、耳に触れたものは心に留めて忘れることはない。" という才覚の持ち主であったと伝えられています。また、アイヌのユーカラやウエペケレにしても、それぞれ伝承者がいて語り伝えてくれ、それを文書化してくれた人たちがいて、そのおかげで現在のわれわれも知ることができています。

 つづく

法華経や日蓮について感じたこと 2


 さてさて、いろいろとネットで日蓮や法華経について検索して行くと、出てくるのは日○正宗の末寺か信徒団体である法華講の人間のものや元正宗の信徒団体であった創価○会や顕彰○のものばかりで嫌になります。

 日蓮宗などはお寺のホームページはたくさんありますが、動画の方は公式のものくらいしか見かけません。こちらの方は見たりしてもあちらと違ってあまりいやな気分になったりもせず、抵抗なく見たり読んだりできます。

 しかしながら残念なことに、圧倒的にカルト系のいっちゃってる人達の方が出てくるのは辟易します。

 そのいっちゃっている人たちの方に目を向けると、やたらと功徳と謗法、罰(ばち)、血脈、本門戒壇の大御本尊、ニセ本尊、魔の通力なんて言葉ばかりが繰り返されています。


 謗法とは何ぞやということで彼らの文書を見ると、

法華講員の基礎知識 信心の原点 上 Athanasius


"   一、謗法とは
 日蓮正宗の信仰に励む人は、必ず謗法という言葉を耳にしていると思いますが、謗法とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

 ① 謗法正法
 大聖人が『顕謗法抄』に、
  「謗法とは法に背(そむ)くという事なり」(御書286ページ)
と仰せのように、謗法とは誹謗(ひぼう)正法、すなわち正法に背くことです。
 末法における正法とは、御本仏日蓮大聖人が唱え出(い)だされた文底下種本因妙の南無妙法蓮華経であり、その御当体は大聖人が出世の本会として顕(あらわ)された本門戒壇の大御本尊です。したがって、謗法とは末法の正法である大聖人の仏法ならびに御本尊を誹謗することを言うのです。

 ② 誹謗三宝
 また、大聖人が『真言見聞(けんもん)』に、
  「凡(およ)そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり」(同608ページ)
と仰せのように、末法下種の三宝(仏・法・僧)は内証において一体であり、これを一体三宝と言います。故に、日蓮正宗の三宝たる、
 仏法 — 日蓮大聖人
 法宝 — 本門戒壇の大御本尊
 僧宝 — 第二祖日興上人を随一とする御歴代上人
に背くことは、三宝を誹謗することとなるのです。

 ③ 下種仏法を信じないこと
 また、大聖人は『戒体即身成仏義』に、
  「謗と云(い)ふは但(ただ)口を以(もっ)て誹(そし)り、心を以て謗(そし)るのみ謗には非(あら)ず。法華経流布の国に生まれて、信ぜず行ぜざるも即(すなは)ち謗なり」(同10ページ)
と仰せです。つまり、積極的に身口意をもって正法を謗るだけでなく、大聖人の下種仏法を信ぜず、行じないこと自体も謗法となるのです。"
(「 — 法華講員の基礎知識 — 信仰の原点 上」 編集 日蓮正宗宗務院 pp.76-78)


"謗法(ほうぼう)
誹謗正法[ひぼうしょうほう]の略。正法、すなわち釈尊の教えの真意を説いた法華経を信じず、かえって反発し、悪口を言うこと。これには、正法を護持し広める人を誹謗する、謗人も含まれる。護法に対する語。日蓮大聖人は、文字通り正法を謗ることを謗法とするだけでなく、たとえ法華経を信じていても、法華経を爾前経より劣る、あるいは同等であると位置づけて受容することも、釈尊が法華経をあらゆる経に対して第一とした教判に背くので謗法とされている。そして、諸宗が犯しているこの謗法こそが、万人成仏という仏の根本の願いに背き人々を不幸に陥れるものであるので、仏法上、最も重い罪であると人々や社会に対して明示し、その誤りを呵責された。▷護法/十四誹謗"
(創価学会 SOKAnet 教学用語検索 https://k-dic.sokanet.jp/)


 彼らの教えを信じないことや反発すること、悪く言うこと、布教している人を誹謗することもみんな謗法ということになるようです。それに対して、


"   三、謗法の報い
 ここでは、日蓮大聖人の仏法に背(そむ)く謗法行為の結果として受ける報いとは、どのようなものかについて学びます。

 ① 謗法は無間地獄の業因
 大聖人は『顕謗法抄』に、
  「謗法は阿鼻(あび)地獄の業(ごう)と見へたり」(御書279ページ)
と仰せられ、謗法は、阿鼻地獄(無間(むけん)地獄)に堕(お)ちる業因(原因となる行為)であると御教示されています。
 阿鼻地獄について、同抄には、
  「大阿鼻地獄とは、又は無間地獄と申すなり(中略)若(も)し仏此(こ)の地獄の苦を具(つぶさ)に説かせ給はゞ、人聴きて血をはいて死すべき故に、くわしく仏説き給はずとみへたり」(同278ページ)
と仰せられ、人が、その地獄の苦しみを聞いただけでも死に至ってしまうほど、恐ろしい地獄であることを示されています。
 また『光日(こうにち)上人御返事』には、
  「無間地獄と申すは十二時に一時(ひととき)かた時(とき)も大苦ならざる事はなし、故に無間地獄と申す(中略)東西南北に走れども逃げ去る所なし」(同1564ページ)
と無間地獄の苦しみの一端を示されています。すなわち無間地獄とは、息つく暇(ひま)もなく、大きな苦しみに永く苛(さいな)まれることから無間と呼ばれる地獄で、四方に逃げる所もない、最も苦しみの大きい最下の地獄なのです。"
(「 — 法華講員の基礎知識 — 信仰の原点 上」 編集 日蓮正宗宗務院 pp.92-93)


という報い(罰)を受けると教えています。もちろんこのような来世の事ばかりではなく、今を生きる中にも様々な現証(その教説が真理であることを現実の上から証明されること-Wikipedia)が現れるとしています。


"罰(ばち)
正法を誹謗することをはじめ、悪い行いの報いとしてもたらされる苦悩・困難。功徳[くどく]に対する語。罰の現れは、不幸の道に陥ることを知らせる兆しであり、警鐘ともいえる。罰が現れることで、自身の誤りに気付き反省し、信仰の姿勢や生き方を見つめ直して修正することができる。このように見方を変えれば、罰もまた、人々を正しく導く妙法のすぐれた性質の一つなのであって、功徳と捉え返すことができる。▷功徳"
(創価学会 SOKAnet 教学用語検索 https://k-dic.sokanet.jp/)

 
 日蓮の遺文などには、この手の事が本当によく出て来ます。いくつか見てみましょう。引用は日蓮正宗の「平成新編 日蓮大聖人御書 大石寺」から引用し、括弧の中には「御書」の引用ページと合わせて、日蓮宗側の「宿刷遺文」とも「霊艮閣版(りょうごんかくばん)」とも言われる「霊艮閣版 日蓮聖人御遺文」(山喜房佛書林)のページ数も載せておきます。これはカルトの文書を信用しない(日蓮の遺文には漢文で書かれたものもありますが、出版されている正宗の「御書」も創価学会の「御書全集」も読み下し文に訳されていますので、自分たちの教義にあった訓じ方をしていたりする場合もあるでしょうから、日蓮宗側の遺文個所もなるべく併記しておきたいと思います。)

霊艮閣版縮刷日蓮聖人御遺文、新編日蓮大聖人御書全集創価学会版、平成新編日蓮大聖人御書大石寺版 URL


種種御振舞御書
"今の世の人々は皆頭(こうべ)阿梨樹の枝のごとくにわれたれども、悪業ふかくしてしらざるなり。例せばてを(手負)いたる人の、或は酒にゑ(酔)ひ、或はねい(寝入)りぬれば、をぼえざるが如し。又頭破作七分と申すは或は心破作七分とも申して、頂(いただき)の皮の底にある骨のひゞたふるなり、死ぬる時はわるゝ事もあり。今の世の人々は去ぬる正嘉の大地震、文永の大彗星に皆頭われて候なり。其の頭のわれし時ぜひぜひやみ、五臓の損ぜし時あかき(赤痢)腹をやみしなり。これは法華経の行者をそ(謗)しりしゆへにあたりし罰とはし(知)らずや。"
(「平成新編 日蓮大聖人御書 大石寺」p.10711、霊艮閣版p.1412)


阿仏房尼御前御返事
"御文(ふみ)に云はく「謗法(ほうぼう)の浅深軽重(せんじんきょうじゅう)に於ては罪報如何(いか)なるや」云云。夫(それ)、法華経の意は一切衆生皆成仏道の御経なり。然りといへども、信ずる者は成仏をと(遂)ぐ、謗ずる者は無間(むけん)大城に堕(お)つ。謗法の者にも浅深軽重の異(こと)なりあり。法華経を持(たも)ち信ずれども、誠に色心相応の信者、能持此経(のうじしきょう)の行者はまれなり。此等の人は介爾(けに)ばかりの謗法はあれども、深重の罪を受くる事はなし。信心はつよく、謗法はよはき故なり。"
(「平成新編 日蓮大聖人御書 大石寺」p.905、霊艮閣版 p.1314)


十法界明因果抄
"法華経に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば○若し人と為ることを得ては諸根闇鈍(あんどん)にして盲・聾・背傴(はいう)ならん○口の気(いき)常に臭く、鬼魅(きみ)に著せられん。貧窮下賤(びんぐげせん)にして人に使はれ、多病瘠痩(しょうそう)にして依怙(えこ)する所無く○若しは他の叛逆(ほんぎゃく)し抄却(しょうこう)し竊盗(せっとう)せん。是くの如き等の罪横(よこしま)に其の殃(わざわい)に羅(かか)らん」文。又八の巻に云はく「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出ださん。若しは実にもあれ若しは不実にもあれ、此の人は現世に白癩(びゃくらい)の病を得ん。若し之を軽笑(きょうしょう)すること有らん者は当に世々に牙歯疎(げしす)き欠(か)け・醜(みにく)き脣(くちびる)平める鼻・手脚繚戻(しゅきゃくりょうらい)し、眼目角睞(かくらい)に、身体臭穢(しゅうえ)・悪瘡(あくそう)・膿血(のうけつ)・水腹(すいふく)・短気(たんけ)諸の悪重病あるべし」文。"
(「平成新編 日蓮大聖人御書 大石寺」p.210、〔霊艮閣版 P.314〕)


顕謗法抄
"仏宝を破るが故に、法宝を破るが故に、僧宝を破るが故に。三宝を破るが故に則ち世間の正見(しょうけん)を破す。世間の正見を破れば○則ち無量無辺阿僧祇(むりょうむへんあそうぎ)の罪を得るなり。無量無辺阿僧祇の罪を得已(お)はって則ち無量無辺阿僧祇の憂苦(うく)を受くるなり」文。
又云はく「破法の業の因縁集むるが故に無量百千万億歳大地獄の中に堕つ。此の破法人の輩(やから)は一大地獄より一大地獄に至り、若し劫火起こる時は他方の大地獄の中に至る。是くの如く十方に徧くして彼の間に劫火起るが故に、彼より死するも破法の業の因縁未だ尽きざるが故に、還(かえ)って是の間の大地獄の中に来たる」等と云云。法華経第七に云はく「四衆の中に瞋恚(しんに)を生じ心不浄なる者有り。悪口罵詈(あっくめり)して言はく、是の無智の比丘(びく)と。或は杖木瓦石(じょうもくがしゃく)を以て之を打擲(ちょうちゃく)す。乃至(ないし)千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」等云々。此の経文の心は、法華経の行者を悪口し、及び杖を以て打擲せるもの、其の後に懺悔(ざんげ)せりといへども、罪いまだ減せずして千劫阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ。
懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり。況んや懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出づる期かたかるべし。故に法華経第二に云はく
「経を読誦(どくじゅ)し書持(しょじ)すること有らん者を見て軽賤憎嫉(きょうせんぞうしつ)して結恨(けっこん)を懐(いだ)かん。乃至其の人命終(みょうじゅう)して阿鼻獄に入り、一劫を具足して劫尽きなば更(また)生まれん。是くの如く展転(てんでん)して無数劫(むしゅこう)に至らん」"
(「平成新編 日蓮大聖人御書 大石寺」p.279、〔霊艮閣版 pp.438-439〕)

 まあまあ、法華経からしてあれなので、日蓮の書いたものもこうなのは仕方がないのかもしれません。しかし、このようなことを書いていることも謗法なのでしょう(笑)

つづく 

法華経や日蓮について感じたこと


 わらしべ長者的にいろいろ聖書の気になる箇所を調べて行って、繁栄の信仰などに見られる信仰の行為(献金・従順・行為など)に対しての見返りとしての御利益とそういう行為をしないのは不信仰の証拠であり、病や貧しさ、不幸などの呪いを受けるという聖書を用いながら非聖書的・非キリスト教的なものを作り上げ、信者を呪縛して行くカルト化教会や破壊的カルト団体などに行き着き、さらにそこからYouTubeなんかでよく見かける、やたらと功徳と罰を強調している日○正宗というカルト団体の信者の動画などを見て、似ているなあなどと思ったりしました。

わらしべ長者


 以前に「法華経」は岩波文庫(全三巻)で読みましたが、なんだか自画自賛ばかりの経典だな、そして、その中で語られる釈迦の譬えもへたくそで、荒唐無稽な物語と言った印象しか持ちませんでした(これは今も変わらない)。後代(釈迦の死後五、六百年後)の釈迦の名前を借りた創作文献にしてもひどい部類だと感じます。そんな経典をNHKの100分de名著 「法華経」 なんかを見るとやたらと持ち上げていて、とても違和感を覚えました。かえって富永仲基の「出正後語」や平田篤胤の「出正後語」などにある評価の方に同意できるものであります。ちょっと長いですが引用します。


出正後語 巻下 富永仲基
" 『法華経』の「序品」に「仏はさまざまな菩薩のために大乗の経を説かれ、これを無量義教菩薩法仏所護念と名づけられた。仏はこの経を説きおわると、結跏趺坐し、無量義処三昧にはいって、身・心は動ずるところがなかった」といい、この経文には、すでに経を説きおわったとしている。そうして、「今日、如来は大乗の経をお説きになるにちがいない」という。この経文は、まだ経を説きおわっていない、とするのである。同じ一篇の経の中で前後にくいちがっていて、まったく文の形をなしていない。そのうえにまた、『法華経』一部は終始まったく仏を讃嘆する言葉につきていて、経説の中身がまったくなく、本来、経と名づけるにふさわしいものがない。『法華経伝記』に「『法華経』には四本が伝わっているが、それぞれに増減がある。この経の原典が現存のものだけだとはかならずしもいえない」という。わたしとしては、インドに別の全文があり、今日伝わっているものこそ、かえって残闕(ざんけつ)にすぎないのだと思う。だから天台大師もこれを説明して「教えの綱目にしても、大乗・小乗の観法(かんぽう)にしても、種々の規律にしても、まったくここでは論じられていない。『法華経』以前の経典がすでにくわしく説いているからである。だから『法華経』になってからはただ真実を悟る仏の智慧を開き示し、さとらせ、導きいれて(開示悟入)、仏となることを予言されたのである」という。『法華経』をよく読んだものといってよいが、その実、経の本旨を見失っている。"
(「日本の名著 18 富永仲基 石田梅岩」 中央公論社)


出正笑語 第三巻 平田篤胤
" さて其大乗の部と云經の中に、何がいつち大事とよむものじやと云に法華経でござる。是はからやまとの名僧智識とよばれたる僧ども、何宗によらずこの經を尊び、其註解も屋の棟を穿つばかりにたんと有て、今の俗でもをろかなぢゝばゝに至るまでも、第一の經じやと覚えこんでおる程の事なれども、実は同じ大乗と云うちにも外の經々よりは一向に味ひも何もなく、たゞめつぼふかいなる大ばなしばかりで其わけおば説ず。この經一部八巻二十八品たゞかさばかりがこんなに有れども、其要とする所はたゞ方便品ばかりと見へるでござる。然らば其方便品がいかなる甚深微妙の説があるかと思へば、唯有一乗法、無二亦無三と云語であるばかりで、外はなんにも珍しい事はない。只有一乗法、無二亦無三とは、たゞ一乗の法有りて二もなく又三もなしと云事じやが、その二もなく又三もなしと云はこのわけじやと云、その尊きいはれも何もないからさっぱりつまらん。譬ば今一寸手紙を書ふが、其文言に比類なき旨い物で結構じやと書たならば、其比類なき味ひもは是とさす物が一つなければならならんわざなれど、この方便ほんの語に其如く、唯有一乗法、無二亦無三と云からは、其指す物がなければならんが、何もないはどうだ、なんとつまらぬじやないか、またいひ出しても胸のわるい程たわけなことは世中の語に、これを持(たも)つ人と旁る人との罪むくひを記して、持此經人、功徳百千万世、不瘖瘂、口氣不臭、舌常無病、口亦無病、齒不垢黒、亦不黄不踈、不缺落、脣不下垂、鼻不匾㔸、亦不曲戻、面色不黒、亦不狹長、亦不窊窊曲とある。この意は此經を信心する人の功徳は千年万年すぎてもおしとならず、口もくさくもなく、常に舌や口に病なく、歯に垢もつかず、黒くもならず、黄色にもならず、すきもせず、かけもせず、唇さがらず、鼻もまかりかゞまらず、顔の色も黒からず、せまく長いといふこともなく、すぼくまがりもせぬということでござる。またこれを旁る人の罪むくひを記して、其人命終入阿鼻獄、從地獄出、當墮畜生。有作野干、身體疥癩、亦無一目 爲諸童子 之所打擲、受諸苦痛、或時致死、更受蟒身、其形長大五百由旬、宛轉腹行、爲諸小蟲之所唼食、晝夜受苦、無有休息。若得爲人、諸根闇鈍、盲聾背傴、口氣常臭、鬼魅所著、貧窮下賤、爲人所使、多病無所依怙、身常臭處、婬欲熾盛、不擇禽獸、謗此經故、獲罪如是とあるでござる。この意は此經をそしる人は死ときに阿鼻地獄に入、その地獄より出てまた畜生におちて、あるひは野干となりき、からだはなまずやかたいを煩ひ、目といへばたつた一つ、またもろもろの子どもの爲にうちたゝかれて色々の苦しみをうけ、又あるときは死だ上にまた死、さらに蛇の身となりて其形の長きこと四百里、其からだでそこらをはひあるきて小蟲どもの爲に吸くらはれ、夜ひる苦しみを受る事隙なく、また萬一人に生るれば諸々の事にくらくにぶく、眼がつぶれ耳が聞へず、背もかゞまり口がくさく、またいろいろの物に取つかれ、貧乏にして賤しく人につかはる。又病たゆる事なくよるべき親類もなく、身は常に臭くして又淫欲がさかりて鳥獣に限らずつるむ。それて云ふに常に此經を旁しれるが故に、罪を得ることかくの如くじゃといふでござる。こりや人情の好み悪くむ所でいつたことで、愚ともおろかな爺婆を導くには是でも用をなすかもしれんけれども、右にも申す通りに或は持ち、或は旁つても、かやうの報をあたへるそのものは何者じゃ。これが罰利生を見すると云ふ其ものがなけりやならんが、肝心の其ものがないから藥を取落したる能書見たやうなもので、一向に何にもならぬものでござる。なんとこんな物をいつかどの人間が、鬚くひそらしてたゞぶだぶだと誦でいるが、さう只たらだらとばかり云ているからあぢもしれぬが、誠によんでみるとあいそもこそも盡はてゝ、こんな物じゃがこりやどうだ、片腹痛いばかりでなく下腹さへ引ぱることでござる。こんな物をよんで驗や報ひが有ならば、しんくいしんくいやさせもせゝといふ歌でも驗が有。藥のかはりに能書をのんでも病が治る。こりや悪口じなひ、実に法華経一部八巻廿八品、みな能書ばかりでかんじんの丸藥がありやせんもの、もし腹の立人があらば、其丸藥を出して見せろと云つもりでござる。後世の日蓮などゝ云愚僧はこりや云にもたらぬが、漢土でも天台の智者大師などゝいはれる僧が、きつくこの法華経を尊信して、大造委(くはしき)註解などを書て世に弘め、法華経の親玉のやうに人にいはれ、この智者がいつたことには頭も上らぬやうに人は思つているが、此方の目で見ると智者でなくて愚者大師とも云べきものでござる。・・・"
(国立国会図書館デジタルコレクションに公開されている「出正笑語」より)


 「出正笑語」など読んで、まったく、まったくと思わずうなづきました。「法華経」のいやらしさもよく出ていて、さらに感心しました。

 わたしは仏教徒ではないので、仏教徒の様に経典にも、仏教の僧侶の言にも詳しくはありません。精々、岩波文庫で、「ブッダのことば - スッタニパータ - 」、「ブッダの真理のことば・感興のことば」、「ブッダ最後の旅 - 大パリニッバーナ経 - 」、「仏弟子の告白 - テーラガーター - 」、「尼僧の告白 - テーリーガーター - 」、「ブッダ神々との対話 - サンユッタニカーヤⅠ - 」、「ブッダ悪魔との対話 - サンユッタニカーヤⅡ -」、「般若心経・金剛般若経」、「浄土三部経」(全二巻)、「法華経」(全三巻)、「歎異抄」、「臨済録」、「伝光録」、「一遍上人語録」、「一遍聖絵」を読んだのと、岩波文庫ではないものとして「阿含経典による仏教の根本聖典」(大蔵出版)や仏教伝道協会の「仏教聖典」、講談社学術文庫の「仏教聖典」なんかと、日蓮の遺文・御書といくつかの仏教の解説書と(手元には残しているの「阿含経典による仏教の根本聖典」と画像に挙げたのものと10冊くらいのくらい解説やその他のものくらいです)、あと「南伝大蔵経 律蔵 3」と「昭和新纂国訳大蔵経 経典部」の第三巻と第四巻、「選択本願念仏集」は現在読んでいる最中なくらいです。。

岩波文庫 仏教関係 マイブログ


昭和新纂国訳大蔵経 経典部第三巻・第四巻、南伝大蔵経律蔵3 記名入り

 岩波文庫なんかで、南伝仏教の経典が多く訳されていますが、そういうものを読むと釈迦の言っていることに納得もし、関心もします。また北伝仏教でも「般若心経」や「浄土三部経」なんかもなかなか得るものもあると感じましたが、こと「法華経」に関しては、そういうものが無く、かえっていやらしさを感じたりします。

 「法華経」の法華経という経典やそれを護持する人を謗ずる人に対する罰というものに、とてもいやらしさを感じます。


巻第二 譬喩品 第三
"若し人信ぜずして、この経を毀謗(きぼう)するときは
即ち一切 世間の仏種(ぶっしゅ)を断ぜん。
或はまた、顰蹙(ひんじゅく)して しかも疑惑を懐かば
汝は、当(まさ)に この人の罪報を説くを聴くべし。
若しくは仏の在世に 若しくは滅度の後に
それ、かくの如き経典を 誹謗するもの有りて
経を読誦し書し 持つ者有るを見て
軽賤(きょうせん)し憎嫉(ぞうしつ)して 結根(うらみ)を懐かば
この人の罪報を 汝、今、また聴け。
その人、命(みょう)、終れば 阿鼻獄(あびごく)に入らん。"
(「法華経 上」 岩波文庫 p.208)


巻第四 法師品 第十
"薬王よ、若し悪人ありて、不善の心をもって、一劫の中において、現に仏の前(みまえ)において、常に仏を毀罵(そしりののし)るとも、その罪は尚、軽し。若し人、一の悪言(あくごん)をもって、在家にもあれ、出家にもあれ、法華経を読誦する者を毀訾(そし)らば、その罪は甚だ重し。"
(「法華経 中」 岩波文庫 p.164)


巻第八 普賢菩薩勧発品第二十八
"若し復(また)、この経を受持する者を見て、その過悪(あやまち)を出さば、若しくは実にもあれ、若しくは不実にもあれ、この人は現世に白癩(びゃくらい)の病を得ん。若しこれを軽笑(きょうしょう)せば、当に世世に牙・歯は疎(す)き欠け・醜(みにく)き唇、平める鼻ありて、手脚は繚(もつ)れ戻(まが)り、眼目(まなこ)は角眸(すが)み、身体は臭く穢(きたな)く、悪しき瘡(できもの)の膿血(うみち)あり、水腹(すいふく)・短気(たんけ)、諸の悪しき重病あるべし。"
(「法華経 下」 岩波文庫 p.334)


 一部を引用しましたが、「法華経」のいやらしさがよく出ていると言えるでしょう。

 このいやらしさをギュッと圧縮して濃くしたのが日蓮という人であると、日蓮の書き残した「遺文」または「御書」と呼ばれるものを見て、また日蓮系のカルト団体の文書などを読んで思いました。

霊艮閣版縮刷日蓮聖人御遺文、新編日蓮大聖人御書全集創価学会版、平成新編日蓮大聖人御書大石寺版 URL


続く

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Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

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