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ルターの小教理問答書 daß(それで、それは、故に、だから)


 さて、以前に書いた「ルターの小教理問答行きつ戻りつ」の記事の続きというか、関連というか、そういう感じでちょっと思ったことなどを。

 「小教理問答書」は日本語訳のもので手に入りやすいのは、「小教理問答書」(聖文舎 1980年6月10日改定新版 聖文舎解散後は日本福音ルーテル教会から発行販売)と「エンキリディオン 小教理問答」(ルター研究所訳 発行元リトン)の二冊でしょうか。前者はお近くの日本福音ルーテル教会かキリスト教書店で買うことができるでしょうし、後者ならキリスト教書店やAmazonあたりで買うことができます。

 いくつかの日本語訳「小教理問答書」を見比べてみますと、なかなかこれが面白く、結構違いや強調点の違いもあります。その中で、daß(ダス)の語の違いは面白いと感じます。

 まずはドイツ語の原文から

Wir(私たちは) sollen(すべき) Gott(神) fürchten(を畏れ) und(そして) lieben(愛), daß(それは) wir(私たちは)~

 この文は、第二誡から第十誡の冒頭に出てくる文章なのですが、その中でdaßの訳語次第で、受ける印象が違うように感じられました。

 日本語訳のいくつかを見てみたいと思います。

マルティン・ルター著「小教理問答書」 URL入り


"第二のいましめ あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないではおかないであろう⑴。
 これはどんな意味ですか。
答—わたしたちは神を恐れ、愛すべきです。それでわたしたちは、神のみ名を使ってのろったり、誓ったり、魔術を行なったり、うそをついたり、だましたりしないで⑵、むしろ困った時にはいつでも神を呼び求め、神に祈り、神をほめたたえ、感謝するのです⑶。
  1 出エジプト20章7
  2 マタイ12章36 詩篇111篇9
  3 マタイ7章7以下"
(「小教理問答書」 マルティン・ルター 著 日本福音ルーテル教会 1994年8月15日4版)


"第二の戒め
 あなたはあなたの神の名をむやみに挙げてはならない。
これはなんですか。
 答え 私たちは神を畏れ、愛するのだ。だから私たちはそのみ名をもって呪ったり、誓ったり、偽ったり、騙したりしないで、かえってすべての困窮の中でそのみ名を呼び求め、祈り、賛美し、感謝するのだよ。"
(「エンキリディオン 小教理問答書」 マルティン・ルター 著 ルター研究所 訳 LITHON 2014年10月31日)


"第二戒
 あなたは、あなたの神の名を、みだりに唱えてはならない。
 この意味は。
 答。
 私たちは、神をおそれ、愛さなくてはならない。それで、私たちが、神の名によって呪ったり、誓ったり、魔術を行なったり、うそをついたり、だましたりしないで、むしろ、すべての困難に際して、み名を呼び求め、祈り、ほめたたえ、感謝することによってである。
(小教理問答書 「ルター著作集 第一集 8」 聖文舎 1983年9月10日改訂2版)


" 第二戒
 あなたは、あなたの神の名を、みだりに唱えてはならない (出エジプト20:7)。
 この意味は。
 答。
 われわれは、神を畏れ、愛すべきです。それで、われわれは、神の名を使って呪ったり、誓ったり、魔術を行なったり、うそをついたり、だましたりしないで、むしろ、困った時にはいつでも、神を呼び求め、神に祈り、神をほめたたえ、感謝するのです。
(小教理問答 「ルーテル教会信条集 《一致信条書》」 信条集専門委員会 訳 1982年5月20日発行)


"第二誡、「汝は汝の神の御名を徒らに口にすべからず。」
 此意味は何か。
 答。我々は神を畏れ且つ愛する故に、決して其御名に頼つて、呪ひ誓ひ惑はし虚言しまた欺くことなく、凡ての困難に際して之を呼び祈願し讃美しまた感謝しなければならないのである。"
(小信仰問答書 「信仰要義 マルティン・ルター著 石原謙 譯」 岩波書店 昭和十四年六月十五日)


 この日本語訳の中で、個人的に注目しているのが岩波文庫から出ている石原謙 訳「信仰要義」の中に収録されている「小教理問答書」です。石原訳以外ですと、 "私たちは、神をおそれ、愛さなくてはならない。" で、一回句点が打たれてから(これはドイツ語原文もコンマで区切れているのは同じ)「それで、それは」となり、後段に述べられる行動の原理が、神への信仰を起点としていることへの表現が弱いように感じますが、石原訳ですと "我々は神を畏れ且つ愛する故に、" と、「故に」を使うことによって、私は神を畏れ愛しているだからこれこれしない。またはこうすると私たちの行いの起点が信仰であることが、より強調されているように感じられます(中世のドイツ語の文法上の事はわかりませんが)。そういう意味ではルター研究所 訳の「だから」やwebで公開されている結城浩さんの訳「ですから」(マルチン・ルターの小信仰問答書)は、一致信条書や日本福音ルーテル教会版(旧聖文舎と同じもの)、ルター著作集の訳文よりも良いと思います。

 日本福音ルーテル教会のホームページの「小教理問答書」は全体のちゃんとした訳ではありませんが、この大切な「我々は神を畏れ且つ愛する故に、」を完全に落としているのは残念なところです。西日本福音ルーテル教会の方はホームページで「小 教 理 問 答」を一致信条書(本文)からと自分たちの訳(第二部)を合わせた全訳を公開しています。

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