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法華経や日蓮について感じたこと 6


創価学会本尊 スタンプ 縮小


創価学会本尊 スタンプ 水彩画 七字目隠し 縮小

いろいろとネットで「日蓮」について見て行くと、よく「ニセ本尊」という言葉と「南無妙法蓮華経」の文字を、まるで犯罪者の目隠しやHな絵や画像の性器を隠す「黒目線」で隠してしまっていて、「南無妙法蓮華経」という題目は世間に見せたらダメなものなのか(笑)と思ってしまいます。


 その手の動画や記事や反論などを見ていると、本紙のみの印刷か天地や柱、中廻しも一緒に印刷した一枚刷りかの違いはありますが、双方ともに印刷されたものらしく、批判している側は手書きだと思ったら印刷で、「なんだ印刷かよ!」と思ってしまいました。

常住本尊(手書き本尊) 縮小


日蓮正宗 楠板摸刻大曼荼羅 サイズ


日蓮正宗 本尊が届くまで 縮小
(ネット検索して読んだものを画像にしてみたもので、実際はどうなのかはわかりません。)

 結局寺側は、誰かが書いた十界曼荼羅を楠の板に摸刻し(弘安二年十月十二日に日蓮が図顕した十界曼荼羅を楠の板に摸刻したと日蓮正宗とその元信徒団体はしている)、それを「本門戒壇の大御本尊」としていて、それを「唯授一人血脈相承」した法主の大石寺貫首だけ (これも「御書」でこの団体以外では偽筆とされているもので、自分たちの団体だけが認めている文書が根拠。) が「書写」でき、それを元に印刷するのも法主の許可のもとに行い、その印刷したものに開眼できるのも法主だけと、ものすごく権力というかそういうものを集中させていると感じるものです。その許可と資格のない創価学会がその構成員に下付したものは偽物ということになるのでしょう。しかし、自分たちが破門して別の団体になったのだから偽物もないと思ってしまいます。

 それよりもなぜわざわざ法主が書写するのか不思議です。その日蓮が図顕したものの摸刻である「本門戒壇の大御本尊」なる板曼荼羅から、法主の許可の元に、その「本門戒壇の大御本尊」から拓本をとって摸刻させて版木を作り刷って「御形木本尊」として下付したり、現代なら写真を撮ってそれから筆で書いた形に復元して印刷して下付した方がいいんじゃないかと感じます。それとも日蓮が図顕した「本門戒壇の大御本尊」は不完全で、法主が内証を書写して初めて完成するとか言うのならわかりますが、そうでないと日蓮より法主の方が上にあるように感じてしまいます。

 あと日蓮宗の信徒と思われるあまり言葉上手でない人を折伏している動画を見たが、素朴な信仰に生きている人に「御文証」「御文証」とその根拠を御書から示せみたいな言動があり、エホバの証人の訪問伝道をもっと傲慢にした感じに感じられました。まあ、相手を言い負かして信仰を変えさせるというのはあり得ないことであると思います。そんなもの口の達者な奴、会話の機転や切り替えがうまいヤツ、経典をやたらと読み込んで覚えられる奴がそうでない人間をやり込めただけにすぎません。折伏・破折くだらないやり方だと思いますね。

 そんなたわいもないことを思いました。
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