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日本福音ルーテル教会 N3次式文 1949(昭和24)年


日本福音ルーテル教会式文

N3次式文 1949(昭和24)年


礼拝式
※牧師は礼拝の間会衆に向かって語る時以外は、聖壇に向かって立つことを得


   聖歌

※この聖歌は聖霊への祈願にして、会衆は起立すべし
※つゞいて、牧師は次の如く云うべし

聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊との聖名(みな)によりて、

会衆 ♪アーメン


   懺悔

※牧師は云うべし

主に在りて愛する兄弟姉妹よ、我等、真心を以て聖父なる神の聖(み)前に近ずき、我等の罪を懺悔し、そのゆるしを主イエス・キリストの聖名によりて希い奉るべし。

牧師―我等の助は主の聖名にあり、

会衆 ♪あめつちをつくり給いしは主なり

牧師―聖心(みこころ)に背ける事を主にいいあらわさん。

会衆 ♪主はわが罪のよこしまをゆるしたまえり

※牧師は云うべし

 我等を創造(つく)り、贖いたまいし全能の神よ、か弱き罪人なる我等は、生れながら罪ふかくして潔(きよ)からず、なお、思念(おもい)と言葉と行為(おこない)とにより、聖心にそむき、罪をおかしたる事を謹みて懺悔したてまつる。されば、我等主イエス・キリストの功績(いさお)によりて主の聖恵(めぐみ)を慕いもとめ、その量(はかり)なき憐恤(あわれみ)を我等の庇護処(かくれが)となさん。

※会衆は牧師と共に云うべし

 最(いと)慈悲(あわれみ)深き神よ、主は我等の為に御独子を與え、その十字架の死をさえ惜み給わざりし程我等を愛し給えり。願わくは聖子の故に我等を憐み、凡ての罪を宥し給え。又聖霊によりてみすがたとみむねとに対する真の智識にとませ、常に真心より聖言に従わせ、窮(かぎり)なき生命(いのち)に至らせんが為め我等を恵み給え 主イエス・キリストによりて希いたてまつる。

※牧師は云うべし

 天の父なる全能の神は、我等を憐み、我等に代りて死せんが為に御独子を降し給えり。而して彼によりて我等の罪を悉く宥し給う。又、主は聖名に頼る人々に神の子となる権(ちから)を與え、我等の上に聖霊を注ぎ給う。故に、信じて洗礼を受くる者は救わるべし。主よ、願わくは我等に此等の聖恵を與え給え。

会衆 ♪アーメン

※牧師はこゝにて聖壇の前に上る


   讃美頌 

※定めたる讃美頌(54頁以下にあり)は聖歌隊
之を歌い、或いは牧師之を唱え、つづいて会
衆グロリアパトリを歌い又は唱う
※会衆は特祷の終るまで起立すべし


   グロリア パトリ
      Ⅰ
♪父、み子、みたまのかみに みさかえあれ
はじめにありしごと、いまも のちも ときわに アーメン

      Ⅱ(受難節用)
♫父、み子、みたまのかみに みさかえあれ
はじめにありしごと、いまも のちも ときわに アーメン


   キリエ

※キリエは牧師会衆交互に歌い或いは唱うべし

牧師―主よ、あわれみたまえ、

会衆 ♪主よ、あわれみたまえ

牧師―キリストよ、あわれみたまえ、

会衆 ♪キリストよ、あわれみたまえ

牧師―主よ、あわれみたまえ、

会衆 ♪主よ、あわれみたまえ


   グロリア イン エキセルシス

※牧師は云うべし

いとたかきところには、栄光(みさかえ)、神にあれ、

※会衆は歌い又は唱うべし

♪いと高きところには、みさかえ かみに
地には平和、主の悦び給う ひとにあれ
全能の父 天の王 主なる かみよ
我ら主をほめ、主をたゝえ、主を あがめ
主の大いなるみさかえの故に 感謝 しまつる
御独子主キリスト イエスよ
世の罪を負い給う、神の こひつじ
父のみ子、主なる かみよ 我らをあわれみ
たまえ 世の罪を負い給う 主よ
我らの祈をうけたまえ 父なる神の右に坐し給う
主よ 我らをあわれみ たまえ
主のみ 聖なり 主のみ 主なり
主のみ 聖霊と ともに 父のみいずをそなえ給いて
いともたかし アーメン

牧師―主汝等と共にいまさん事を

会衆 ♪主汝の霊と共に、いまさん、ことを

※牧師は云うべし

我等共に祈り奉らん

※牧師はここに於て当日の特祷を唱うべし


   特祷(54頁以下にあり)

※特祷終りて、会衆は歌い或いは唱うべし

会衆 ♪アーメン


※次に牧師は当日の使徒書を誦すべし

   使徒書

※使徒書の前に他の聖書の個所を朗読することを得
※使徒書の誦読後、会衆はハレルヤを歌い又は唱うべし

♪ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ

※受難節中はハレルヤの代りに次のセンテンスを歌い又は唱うべし

♪キリストは、己を ひくうし かみのみむねのまゝに
十字架の死をさえ、甘んじて うけたまえり

※牧師当日の福音を次の如く報告(・・・・・主日の聖
  なる福音は・・・・・伝・・・・章・・・・節より始まる)す
※会衆は直ちに起立して次のごとく或は唱うべし

会衆 ♪主にみさかえあれ

   福音書

※聖福音を読み終りて牧師は次の如く唱え(こゝに聖な
  る本日の福音は終わる)
※会衆は次の如く歌い或は唱うべし

会衆 ♪キリストよ、主にほまれあれ


※次に牧師は会衆と共に信経を唱うべし

    信経

※凡ての祝日及び聖餐式にはニケヤ信経を用い、
  その他は使徒信経を用いることを得

    Ⅰ ニケヤ信経

 我は見ゆると見えざるものとを問わず、天地万物を悉く創造(つく)り給いし全能の父なる神を信ず。
 我は唯一の主イエス・キリストを信ず。主は独子(ひとりご)にして萬世(よろずよ)の前に聖父より生れ、神にして神、光にして光、真正(まこと)の神にして真正の神、造られずして生れ、万物の創造主(つくりぬし)、父なる神と一体なり。主は我等人類のため、又、我等を救わんが為に、天より降り、聖霊によりて処女(おとめ)マリヤに宿り、人となり給えり。而して我等の為にポンテオ・ピラトの管下(もと)に十字架に磔けられ、苦難(くるしみ)を受けて葬られ、聖書に応(かな)いて第三日目(みっかめ)に甦り、天に昇り、聖父の右に座し給えり。又、生ける人と死にたる人とを審判(さば)かんが為め、栄光の中に再び来り給わむ。その聖国(みくに)は終ることなし。
 我は生命(いのち)の主にして、その付與主(あたえぬし)なる聖霊を信ず。聖霊は聖父と聖子とより出で、聖父と聖子と共に崇められ、預言者によりて語り給いし主なり。
 我は使徒達より伝わりし唯一の聖なるキリスト教会を信ず。罪の宥恕(ゆるし)を得る唯一の洗礼の信認す。死者の復活(よみがえり)と来世の生命とを待望む。
 アーメン

      Ⅱ 使徒信経
 我は天地の創造主(つくりぬし)、父なる全能の神を信ず。
 我はその独子、我等の主イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりて宿り、処女(おとめ)マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトの管下(もと)に苦難(くるしみ)を受け、十字架に磔けられ、死して葬られ、冥府(よみ)に降り、第三日(みっかめ)に甦り、天に昇り、父なる全能の神の右に座し給えり。生ける人と死にたる人とを審判(さば)かんが為、彼処(かしこ)より再び来り給わん。我は聖霊を信ず。又、聖なるキリスト教会、即ち聖徒の交際(まじわり)、罪悪(つみ)の宥恕(ゆるし)、身体(からだ)の復活(よみがえり)、窮(かぎりなき)の生命(いのち)を信ず。
アーメン


※ここに於て聖歌を歌うも可なり

    聖歌

※次に説教すべし

    説教

※説教終わりて会衆は起立し、牧師は次の如く云うべし

人の凡ての思いに優る神の平安、汝等の心と意(おもい)とをキリスト・イエスによりて守らん。

※次に奉献唱、又は他の適切なる奉献唱を歌う
  も可なり。歌い終るや会衆は着席すべし

    奉献唱

♪ああ かみよ、わがために きよき こころを つくりたまえ
わがうちに、なおき霊を あらたに おこしたまえ
我をみまえより すてたもうなかれ
汝のきよきみたまを、 我より とりたもうなかれ
汝の救いの よろこびを われにかえし
自由のみたまをあたえて われをたもちたまえ


    献金

※ここに於て献金を集め、牧師は之を聖壇の上に置くべし


    教会の祈祷(総祷)

※特別の祈願、代祷、感謝の依頼ありし時及び会員に死亡者あ
  りし時は之を総祷の前に報告す
※総祷は祝日、聖餐式は必ず用うべきも、それ以外には、他の
  適当なる祈を用いることを得
※次の各項の終る毎に、会衆は括弧内の言葉を唱うるも可なり

 全能の神、我等の主イエス・キリストの父よ。
 我等は爾(なんじ)の諸々の善き賜物と、測り難き御憐みとに対し、厚き感謝を捧げ、我等を創造(つく)り、日毎夜毎に支え給う御慈しみに対し、謹みて聖名を讃美し奉る。又我等の救い主なる御子を與え、彼により聖旨(みむね)と聖恵と願わし給いし事を感謝し奉る。爾の賜う慰め主なる聖霊と、聖なる教会と、恩恵(めぐみ)の手段と、凡ての忠実にして信仰篤き人々の働きと、来世の希望の故に感謝し奉る。願わくは我等の為に主のなし給いし総ての事を常に覚え、身も霊魂(たましい)もあげて爾に仕え奉り、我等真心より感謝することを得しめ給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 主イエス・キリストの尊き血を以て贖い給いし爾の公同教会を助け護り給え。すべての牧師、伝道者、宣教師に、聖霊によりて御力を與え、其の働きを教訓(おしえ)とを通し、爾の民を導き養わせ給え。聖言(みことば)と聖礼典とを以て爾の教会を強め、聖徒に與えられし信仰を固うせしめ給え。世界の一切(すべて)の信徒を潔め一つとなし、唯一の聖なる教会をして、全人類の神にして、父に在す爾の善き証しとならせ給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 聖光(みひかり)と真正(まこと)とを地の果迄遠く輝かせ給え。忠実なるキリストの僕を多く起し、我国のみならず、万(よろず)の国々に福音を宣伝え、又愛の御業にいそしませ、彼等を護り其の働きを祝し、多くの善き果を結ばしめ、聖名の栄光を顕わさせ給え。
 願くは地上の諸々の国に、天の祝福を豊かに蒙らしめ給え。殊に我等の愛する此の国を恵み、天皇陛下を祝し、行政、立法、司法の任にある人々に、御助(みたすけ)と健康とを與え給え。斯して正義と愛とが隈なく行われ、主に悦ばるゝ国となり、我等をして愈々敬虔と正直とを以て、平穏(おだやか)なる生涯を送らしめ給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 凡ての教育機関、殊に教会の諸学校と、其中にありて尊き霊魂(たましい)を教え導く人々とを祝福し給え。願わくは彼等に爾の真理(まこと)と智恵とを與え、教会と社会とに於て爾に奉仕する者となし、又人々をして爾の真理と正義に基き、共に働き、共に生活を営ましめ給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 爾の聖光(みひかり)と喜びとを以て我等の家庭を潔め給え。洗礼によりて結び給える御約束の中に我等の子女を護り、彼等をして信仰と聖旨に適う良き生涯を送るよう、其の親たるものをして、彼等を養育せしめ給え。信徒の家庭の者をして、此の世に於てよく汝の聖名に誉を帰し奉るよう、真の愛情と奉仕の精神に富む生涯を送らしめ給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 願わくは凡て悲しむ者、貧しき者、病める者、艱難の中に在る者に聖霊の聖恵(みめぐみ)を豊かに與え、彼等を慰め給え。殊に信仰の為に迫害を受くる者を憶え給え。死に瀕する者に憐みを垂れ給え。愛する者を喪いて悲難(かなしみ)に暮るゝ者に、爾のみよく與え給う天の慰めを下し、彼等の一人々々に満ち溢るゝ愛を與え、慈しみ深き御手の裡(うち)に彼等を守り給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 願わくは四季折々に我等が必要なる地の産物を得んが為に、之等をして豊かなる果を結ばしめ給え。海陸に於ける正当なる諸々の職業、並に文化の上に祝福を與え、成功の冠を被らせ給え。主と隣人(となりびと)に奉仕する凡ての者を爾の御護りの下に置き、其の勤労に正しき酬いを得しめ、其の働きをして、総てのものゝ創造主(つくりぬし)、且つ維持主(ささえぬし)なる主の聖前(みまえ)に於て、善き業とならしめ給え。
 (会衆―あゝ、善き主よ、我等の祈りを聴きあげ給え)
 この世に於て爾を愛し、爾に仕へ奉りし人々、殊に我等の心にいと親しき者にして今やその働きを終え、限りなき憩いに入れる者の名を感謝をもてこゝに記憶(おぼ)え、願わくは我等をして凡ての聖徒との交りを保ち、終(つい)には天の御国の歓びに入らしめ給え。
  ※(此処に於て特種の祈願、代祷、及感謝の祈祷をなすも可なり)
 父よ、願わくは之等の総てと、其の他主が我等に必要と認め給うものを我等に與え給え。死して甦り、父と聖霊と共に唯一の神として今尚生き、代々窮(かぎ)りなく統べ治め給う我等の主、爾の御子イエス・キリストによりて希い奉る。アーメン


※ここに於て会衆と牧師は共に主の祈祷を唱うべし
※聖餐式を行う時は、主の祈祷を省略することを得

    主の祈祷

天にまします我等の父よ。願わくは聖名(みな)をあがめさせ給え。御国(みくに)を来たらせ給え。聖心(みこころ)の天になる如く地にも成らせ給え。我等の日用の食(かて)を、今日も與え給え。我等に罪を犯す者を、我等がゆるす如く、我等の罪をも宥(ゆる)し給え。我等を誘惑(こころみ)にあわせず、悪より救い出し給え。国と権威(ちから)と栄光(さかえ)とはかぎりなく汝の有(もの)なればなり。アーメン


※次に聖歌を歌うべし

    聖歌


※次に聖餐式を執行せざる時は、牧師は聖壇の前に立ちて祝祷をなすべし

    祝祷

願わくは、主、汝を祝し、汝を保護(まも)り給え。
願わくは、主、聖顔(みかお)の光を汝に注ぎ、汝を憐み給え。
願わくは、主、慈愛(いつくしみ)を以て汝を顧み、汝に平安をたまわん事を。

※次に会衆は歌い又は唱うべし

会衆 ♪アーメン

※又は

    ♪アーメン アーメン アーメン



****

     聖餐式


    聖歌

※聖歌を歌う間に、牧師は聖壇に近づき、黙禱して、恭しく聖餐
  器の覆物を取除き、パンと葡萄酒の準備をなすべし
※会衆はアグヌスデイの終るまで着席すべからず

    序詞

※牧師は云うべし

牧師―主汝等と共に在(いま)さん事を。

※会衆は歌い又は唱うべし

 ♪主 汝の霊と共にいまさんことを

牧師―汝等心にて主を仰げよ。

 ♪われらあおぎて、主をのぞまん

牧師―主なる神に感謝し奉らん。

 ♪そわ せい当にして なすべきことなり

※牧師は聖壇に向いて云うべし


牧師―永遠(とこしえ)にいます全能の神、主なる聖(きよ)き父よ、我等が何時何処にても
     主に感謝を捧ぐるは真に正当にして有益なり。
※是に於て祝日或は季節に適応したる適用詞を用い、若し
  なきときは直に『故に万の天使・・・・・』と唱うべし
※但し各祝日の適用詞は、その祝日の季節中用いるが、三位
  一体祝日の適用詞は、その祝日及び次の祝日にのみ用う

    適用詞

    聖降誕主日

 聖言(みことば)の肉体と成り給いし神秘により、主は我等に栄光(みさかえ)の新なる啓示(けいし)を與え給えり。こは我等御独子の聖格(みすがた)に於て主を仰ぎ、目にて見えざるものを愛するに至らんためなり(故によろづの天使と・・・・・)

    顕現祝日

 我等は汝が御独子を降し、肉体をとり人となり給いしに彼によりて、汝の全き栄光(みさかえ)を現し給える事をほめたゝえ奉る(故によろづの天使と・・・・・)

    受難節

 主は十字架の木の上に於て、救拯(すくい)を人類に與え給えり。これ死の起りし所に生命も亦起り、一度木を以て勝を得しものは、又我等の主イエス・キリストにより、十字架の木にて征服せられん為なり(故によろづの天使と・・・・・)

    復活祭

 殊に聖子(みこ)我等の主イエス・キリストの尊き復活(よみがえり)のゆえに、主を頌讃(ほめたた)え奉るべし。聖子(みこ)は真実(まこと)の過越(すぎこし)の羊にして、我等のため屠られ、世の罪を除き、その尊き死によりて死を亡ぼし、又、復活(よみがえり)によりてかぎりなき命を與え給えり(故によろづの天使と・・・・・)

    昇天祝日

 我等の主イエス・キリストは、甦り給いし後、公然(あきらか)に弟子達に現れ、又その神性を我等に分ち與えんとて、我等の眼前(めのまえ)において天に昇り給えり(故によろづの天使と・・・・・)

    聖霊降臨日

 汝の聖子(みこ)、我等の主イエス・キリストは天に昇り、汝の右に座し給えり。又、主はその選び給いし弟子達の上に、御約束にしたがい、今日聖霊を注ぎ給えり。之によりて全地は大いなる喜悦(よろこび)に充つ(故によろづの天使と・・・・・)

    三位一体祝日

 汝は御独子と聖霊と共に唯一の神、唯一の主なり。我等唯独一(ひとり)の神を信じ、三位一体の聖格(みすがた)、単一の本質、同等の稜威(みいず)を備え給う神を拝み奉る(故によろづの天使と・・・・・)

※序詞終りて云うべし

 故によろづの天使と、その長(おさ)、及び天の群衆と共に栄光(さかえ)かゞやく聖名(みな)をあがめ、常に主をたゝえて云わん。


※次にサンクタスを歌い或いは唱うべし

    サンクタス

 ♪聖なる 聖なる 聖なるかな 万軍のかみ 主の栄光 てん地にみてり、 いと高きところにホザナ 主のみ名によりて きたるものは、 さちなるかな いと高きところにホザナ


    主の祈祷

※次に牧師は云うべし

天にまします我等の父よ。願わくは聖名(みな)をあがめさせ給え。御国(みくに)を来たらせ給え。聖心(みこころ)の天になる如く地にも成らせ給え。我等の日用の食(かて)を、今日も與え給え。我等に罪を犯す者を、我等がゆるす如く、我等の罪をも宥(ゆる)し給え。我等を誘惑(こころみ)にあわせず、悪より救い出し給え。国と権威(ちから)と栄光(さかえ)とはかぎりなく汝の有(もの)なればなり。

※次に会衆は歌い或いは唱うべし

 ♪アーメン


※次に牧師は聖壇に向かい、聖餐設定の聖言を唱うべし

    聖言

 我等の主イエス・キリスト売渡さるゝ夜、麵包(パン)を取り(此の時皿を手に取るべし)謝して之を擘(さ)き、弟子達に與えて云い給う「取りて食せよ、これは汝等のために與うる我が体なり、斯く行いて我を憶えよ。」食して後杯を取り(この時杯を手に取るべし)先の如く謝し、これを彼等に與え、また云い給う「汝等皆この杯より飲めよ、是は汝等及び多くの人の罪を赦さんとて流す、我血によれる新しき契約なり、斯く行いて飲む毎に我を憶えよ。」

※次に牧師は会衆に向かいて云うべし

主の平安常に汝等と共にあらんことを。

※会衆は次の如く歌い又は唱うべし

 ♪アーメン


※次にアグヌスデイを歌い或は唱うべし

    アグヌスデイ

 ♪世の罪をおいたもう かみのこひつじなるキリストよ 我らを憐みたまえ 
世の罪をおいたもう かみのこひつじなるキリストよ 我らを憐みたまえ
世の罪をおいたもう かみのこひつじなるキリストよ 我らにやすきをさづけたまえ
あーめん


※次に陪餐者は聖壇の前に進み、聖餐に與かるべし
※配餐の途中において、パンか葡萄酒が不足したる時は、牧師
  は必要量を聖餐器にうつし、聖餐設定の聖言の中、それに関
  する部分のみを唱うべし

    配餐

※牧師は聖餅を配與するとき云うべし

取りて食せよ、是は汝の為に與え給いしキリストの体なり。

※又牧師は杯を配付するとき云うべし

取りて飲めよ、是は汝の罪の為に流し給いし新約の血なり。

※配餐の後牧師は云うべし

 願わくは我等の主イエス・キリストの体とその尊き血とは、真実(まこと)の信仰に於て汝等を強め、護り、窮(かぎ)りなき生命に至らせ給わん事を。


※次に会衆は起立し、左のヌンク デイミチスを歌い或いは唱うべし
※牧師はヌンク デイミチスが歌われる前に、聖餐器及びパンと葡
  萄酒に覆をなすべし

    ヌンク デイミチス

 ♪⒈主よ、今こそみことばに、したがいて
   ⒉我目ははや、主の救ひをみたり
   ⒊異邦人を輝す ひかり
   ⒋父、みこ、みたまの かみに
   ⒌はじめに在りしごと、今も のちも
   僕をやすらかに、去らしめたもうなれ
  これ もろもろの民の前に、そなえ給ひし ものなり
  み民イスラエルの さかえなり
  みさかえあれ
  ときはに アーメン


※次の如く感謝すべし

    感謝

牧師―主に感謝せよ、その恩恵(めぐみ)はふかし

会衆 ♪主のあわれみは、とこしえに絶ゆることなし

牧師―全能の神よ、この有益なる賜物を以て我らを養い給いしことを感謝し奉る。願わくは聖恵(みめぐみ)により我等を強め、我等益々主を信じ、益々互いに相愛することを得させ給え。聖子(みこ)我等の主イエス・キリストによりて希い奉る。主は汝と聖霊と共に永遠(とこしえ)に唯一(ひとり)の神に在(いま)して、代々かぎりなく生きて宰り給う。

※次に挨拶及びベネデイカムスを歌い或は唱うべし

牧師―主汝等と共に在さん事を。

会衆 ♪主の霊と共に、いまさん、ことを

牧師―主に感謝をささげん


※次に牧師は祝祷を唱うべし

    祝祷

願わくは、主、汝を祝し、汝をまもり給え。
願わくは、主、聖顔(みかお)の光を汝に注ぎ汝を憐み給え。
願わくは、主、慈愛(いつくしみ)を以て汝を顧み、汝に平安をたまわんことを。

※次に会衆は歌い又は唱うべし

 ♪アーメン

※又は

  ♪アーメン アーメン アーメン




***ブログ筆者注***

この式文の原文の漢字は旧漢字が使われていますが、書き写すに当たってなるべく常用漢字に改めました。

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ギリシヤ語直訳新約聖書コンコルダンス付 金の器社発行


 今回は金の器社というところで発行している「ギリシヤ語直訳新約聖書コンコルダンス付」について見てみたいと思います。

ギリシヤ語直訳新約聖書コンコルダンス付 金の器社

 読まなければならない本が渋滞起こしているので通して読んではいません(現在、教父やキリスト教書のほかに聖書は光明社訳の旧約聖書をのんびり読んでいる最中なので)。それらを読んでからとなるといつになるのかわからないので(また他の聖書と一緒に置いておくと読むの忘れそうなのと気が付いた今書いておかないと忘れそうなので)マタイのいくつかの個所を読んだ感想みたいな感じになります。

 発行所の住所をGoogleマップで見ますと、山梨県にある「キリスト集会所」という文字が書いてある建物が出てきます。HPみたいなものがなさそうなので、プレマスブレザレン系のキリスト集会と関係があるのか、無教会系の集会と関係があるのかちょっとわかりません(発行された聖書を見ると無教会系とは考え辛いと思います)。

 この聖書開いて、左手に永井直治訳 新契約聖書修正改版、右手に新改訳(第二版)持って見比べてみましたが、一からギリシヤ語から翻訳した感じではなく、永井訳に新改訳も交えながら口語化したように見えます(若干両者と異なるところも見られます)。

 新潟で唯一の代理販売店とされる「きのーる」というHPのこの本の所見ますと(2024年2月22日に見てみましたら、閉店したのか分かりませんがHPが無くなっていたので、ウェイバックマシンにてアーカイブで見れます。→ https://hschikari.shopselect.net/items/26003879) "欽定訳キングジェームスバージョンKJV(1611年版)と日本語訳永井訳を基にした、ギリシャ語直訳の新約聖書" という説明があります。前書きやあとがきも加味しますとやはり重訳みたいなものなのかなとも思えます。奥付の所の発行者も訳者になっていないので何とも言えない感じです。

 「きのーる」のサイトの説明文みますと、ケネス・ヘーゲン系のエターナル・ライフ・ミニストリーズのサイトURL参照に挙げているので、エターナル・ライフ・ミニストリーズと同じく学術的な批判的校訂本に否定的なのでしょう。King James Versionやステファヌス版のテクストゥス・レセプトゥスを持ち上げているアメリカのキリスト教原理主義に近い立ち位置のものなのかもしれません(米キリスト教原理主義ではKing James Only movementなんてものもある)。

 エターナル・ライフ・ミニストリーズからは「新約聖書 TR日本語訳」というテクストゥス・レセプトゥス(おそらく英国の三位一体聖書協会から出ている1800年代後半にF.H.A.スクリブナーによって準備されたTextus Receptus)から訳された新約聖書が出ています(他に著作権の切れているテクストゥス・レセプトゥスから訳された「明治元訳新約聖書」や「永井直治訳 新契約聖書修正版」も出版しています)。

 あと英訳聖書によくみられるイエスのことばが赤い文字になっているのと単語にストロングナンバーが付いていて、巻末のストロングナンバー順のごく簡単なコンコルダンスあるのが特徴でしょう。ストロングナンバーはジェームズ・ストロング(1822–1894)によってKing James Version(ジェームズ王欽定英語訳聖書)のすべての単語にナンバーを付し、元のヘブライ語やギリシャ語の単語アクセスできるようにした索引に簡単なヘブライ語やギリシャ語辞書も付いている「STRONGEST STRONG'S」という有名なコンコルダンスのことです。

 自分もよく調べ物をする時に、ストロングナンバーの付いたJay Patrick Green Srのインターリニアと「STRONGEST STRONG'S」、あとストロングナンバーで調べられるThayer's Greek-English Lexiconという希英辞典なんかを利用しています(ネットだとストロングナンバーはBible Hubなんかをよく利用します。インターリニアなど有名な聖書の学習サイトなどでストロングナンバーは使われているので便利です)。

 そのストロングナンバーがこの聖書には付されているので便利と言えば便利です。ただ「STRONGEST STRONG'S」と違いギリシヤ語が使われていないで、「STRONGEST STRONG'S」のギリシヤ語の英語の読み仮名になっているのは残念ですが、価格も考えるとしょうがないのかなと思います。

 残念なところとして単語で頻出するものは最初だけストロングナンバーが付き、二回目以降はアンダーラインにしてナンバーを付けないというのでは初出箇所がわからないので(巻末のストロングナンバーのコンコルダンスでは補完できない。せめて巻末のものが日本語からさかのぼれるようになっていたならよかったのでしょうが、そうはなっていないので)、別に日本語のコンコルダンスが必要になるという不便さがあるところでしょうか。どうせならすべてにストロングナンバーを付すか、ストロングナンバー付きのインターリニア聖書にした方がよかったかもしれません。

 まあ、現代訳や創造主訳、新世界訳(2019年日本語版)なんかを買うよりはこちらを買った方が聖書の学びにはいいかもしれませんが、福音派や原理主義バイアスに気を付けて使う分には便利な部類かもしれません。

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