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キリスト教の異端・モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)資料(主にモルモン聖典関連)

モルモン經の各刷の装丁・発行年月日・印刷会社・定価記載(昭和訳19刷まで、20刷以降記載なし)

明治訳
 初版 明治42(1909)年10月10日発行 株式会社秀英舎第一工場 壹圓
 再版 昭和25(1950)年 6月15日再版 株式会社十一房印刷社 参百五拾円

昭和訳(佐藤龍猪訳、➀第一装丁、➁第二装丁、➂第三装丁、④第四装丁)
初版 ➀ 
再版 ➀ 1958年 7月10日再版発行 三省堂ミタカ工場 弐百円
3刷
4刷
5刷
6刷 ➀ 1966年 1月25日 株式会社太平印刷社 参百円
7刷
8刷 ➁ 1969年 8月15日 太陽印刷工業株式会社 180円
9刷
10刷 ➁ 1969年11月10日  太陽印刷工業株式会社 250円
11刷 ➁ 1969年12月10日 株式会社三省堂三鷹工場 250円
12刷
13刷 ➁ 1970年 2月10日 太陽印刷工業株式会社 250円
14刷
15刷
16刷 ➁ 1970年 4月 1日 株式会社エコー商事印刷紙器部 250円
17刷 ➁ 1970年 7月 1日 株式会社エコー商事印刷紙器部 250円
18刷
19刷 ➂ 1972年 9月 1日 株式会社サンエコー 250円
20刷 ➂ 1974年 3月 1日 株式会社サンエコー 
21刷 ➂ 1974年11月 1日 凸版印刷株式会社
22刷 ➂ 1975年 5月 1日 凸版印刷株式会社
23刷 ➂ 1975年10月 1日 凸版印刷株式会社
24刷
25刷 ➂ 1976年 8月 1日 凸版印刷株式会社
26刷 ➂ 1976年12月10日 凸版印刷株式会社
27刷 ➂ 1977年 6月20日 凸版印刷株式会社
28刷 ➂ 1977年11月10日 凸版印刷株式会社
29刷 ➂ 1978年 5月20日 株式会社精興社
30刷
31刷 ➂ 1979年 9月20日 株式会社精興社
32刷 ➂ 1980年 6月20日 株式会社精興社
33刷
34刷
35刷
36刷 ④ 1985年 9月20日50M 株式会社精興社
37刷 ④ 1986年 3月31日100M 株式会社精興社
38刷 ④ 1987年 3月20日100M 株式会社精興社
39刷 ④ 1987年 9月30日100M 株式会社精興社
40刷 ④ 1988年 8月31日47.5M 株式会社精興社
41刷 ④ 1989年 2月20日50M 株式会社精興社 ソフトカバー
42刷 ④ 1989年 6月30日50M 株式会社精興社
43刷 ④ 1989年11月30日50M 株式会社精興社
44刷 ④ 1990年 3月31日20M 株式会社精興社
45刷 ④ 1990年12月15日50M 株式会社精興社
46刷
47刷 ④ 1991年 9月 8日50M 株式会社精興社
48刷
49刷 ④ 1992年12月10日50M 株式会社精興社
50刷
51刷 ④ 1993年10月15日60M 株式会社精興社
52刷 ④ 1994年 7月25日30M 株式会社精興社

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インターネットアーカイブ

・1828 Printers Manuscript Of The Book Of Mormon

https://archive.org/details/20977511828PrintersManuscriptOfTheBookOfMormon/mode/2up?q=Book+of+Mormon+RLDS


・1830 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookofmormonacco1830smit/mode/2up


・1830 ファクシミリ版

https://archive.org/details/book-of-mormon-1830-digital-replica/mode/2up


・1840 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookmormon01smitgoog/mode/2up


・1858 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookofmormon00smit/mode/2up


・1905 The Book of Mormon Orson Pratt編

https://archive.org/details/bookmormonanacc00smitgoog/mode/2up


・1908 The Book of Mormon Orson Pratt編

https://archive.org/details/bookmormonanacc04pratgoog/mode/2up

https://archive.org/details/bookmormonanacc04pratgoog


・1914 The Book of Mormon

https://archive.org/details/trueoriginofbook00shoo/mode/2up


・1917 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookofmormon00lamo/mode/2up


・1920 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookofmormonacco00bookuoft/mode/2up?ref=ol

https://archive.org/details/bookofmormonanac027933mbp/mode/2up

https://archive.org/details/cu31924090875299/mode/2up

https://archive.org/details/bookofmormonacc00smit/mode/2up


・1964 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookofmormonacco1964smit/mode/2up


・1981 The Book of Mormon

https://archive.org/details/bookofmormonbook00smit/mode/2up


・The Doctrine & Covenants (1845)

https://archive.org/details/the-doctrine-and-covenants-1845/mode/2up?q=Joseph+Smith%2C+Jr.


ジョセフ・スミス霊感訳聖書

https://archive.org/details/holyscriptures00smit

https://archive.org/details/holyscripturestr00smituoft

https://archive.org/details/threebiblesschol00etzerich

ジェームズ・E・タルメージ 信證講義
https://archive.org/details/shinshokogi00talm/mode/2up

ブルース・R・マッコンキー Mormon Doctrine
https://archive.org/details/mormon-doctrine-1958-bruce-r-mc-conkie-lds/page/3/mode/2up?q=Doctrines+of+Salvation

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米国議会図書館のウェブサイト(the Library of Congress Web site)

1830 The Book of Mormon
The Book of Mormon; an account written by the hand of Mormon upon plates taken from the plates of Nephi.
https://www.loc.gov/item/49034953/

1869 テゼレット・アルファベット版The Book of Mormon
https://archive.org/details/bookofmormdeseretalpha00/mode/2up

1835
Doctrine and covenants of the Church of the Latter-Day Saints
https://www.loc.gov/item/unk82003210/


1851 The pearl of great price
The pearl of great price
https://www.loc.gov/item/09015653/

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Joseph Smith Papers

・Original Manuscript of the Book of Mormon, 1948 Photographs
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/original-manuscript-of-the-book-of-mormon-1948-photographs/1

・Original Manuscript of the Book of Mormon, circa 1968 Photographs
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/original-manuscript-of-the-book-of-mormon-circa-1968-photographs/1

・Original Manuscript of the Book of Mormon, 2017 MSI Photographs, Best Wavelength
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/original-manuscript-of-the-book-of-mormon-2017-msi-photographs-best-wavelength/1

・Original Manuscript of the Book of Mormon, 2017 MSI Photographs, Color
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/original-manuscript-of-the-book-of-mormon-2017-msi-photographs-color/1

・Book of Mormon Manuscript Excerpt, circa June 1829 [1 Nephi 2:2b–3:18a]
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/book-of-mormon-manuscript-excerpt-circa-june-1829-1-nephi-22b-318a/1#!/paperSummary/book-of-mormon-manuscript-excerpt-circa-june-1829-1-nephi-22b-318a&p=1

・Printer’s Manuscript of the Book of Mormon, 1923 Photostatic Copies
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/printers-manuscript-of-the-book-of-mormon-1923-photostatic-copies/1

・Printer’s Manuscript of the Book of Mormon, circa August 1829–circa January 1830
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/printers-manuscript-of-the-book-of-mormon-circa-august-1829-circa-january-1830/1

・Book of Mormon, 1830
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/book-of-mormon-1830/1

・Book of Mormon, 1837
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/book-of-mormon-1837/1

・Book of Mormon, 1840
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/book-of-mormon-1840/1

・Book of Mormon, 1841
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/book-of-mormon-1841/1

・Book of Commandments, 1833
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/book-of-commandments-1833/1

・Doctrine and Covenants, 1835
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/doctrine-and-covenants-1835/1

・Doctrine and Covenants, 1844
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/doctrine-and-covenants-1844/1

・Grammar and Alphabet of the Egyptian Language, circa July–circa November 1835
https://www.josephsmithpapers.org/paper-summary/grammar-and-alphabet-of-the-egyptian-language-circa-july-circa-november-1835/1

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ニーファイ第一 3章10節、モーサヤ29章15節


the Utah Lighthouse Ministry
 the Utah Lighthouse Ministry のトップページ

 さて、ジェラルド&サンドラ・タナー夫妻の the Utah Lighthouse Ministry (ユタの灯台ミニストリー)のサイトのモルモン書の1920年版と 1981年版の間の変化の中から二か所を取り上げたいと思います。

 まず一つ目はニーファイ第一 3章10節です。

 この個所で1981年英語版と2013年英語版はそれ以前の版と単語一つが変わりました。

 まず2013年版から10節を引用します。

10 And it came to pass that when we had gone up to the land of Jerusalem, I and my brethren did consult one with another.

 この中で gone up という語が以前の出版された Book of Mormon では違っていました。

 最初にオリジナル原稿では、1981年英語版と2013年英語版と同じ gone up という語が使われていました。

Book of Mormon Manuscript Excerpt, circa June 1829 1 Nephi 3:10
 1829 Book of Mormon Original Manuscript ニーファイ第一 3:10


 そして、1929年に製本するために印刷業者に渡すための手書き写し原稿(1829 Printers Manuscript)が作られ、そこでこの語は come up と変更されました。


1829 Printers Manuscript Of The Book Of Mormon ニーファイ第一 3:10
 1829 Printers Manuscript ニーファイ第一 3:10


 1830年初版、1837年版、1840年版、1841年版、1908年版、1920年版、1961年版と改正されて行きましたが、 come up と変化がありませんでした。最初の三つの版はジョセフ・スミスが生きていた時になされた修正版で、1830年版と1837年版の印刷された誤りをジョセフ・スミスは印刷者の原稿(1829 Printers Manuscript)を用いて校正したのが1840年版でした。


The Book Of Mormon 1830 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 1830年初版 ニーファイ第一 3:10


The Book Of Mormon 1837 p.12 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 1837年版 ニーファイ第一 3:10


The Book Of Mormon 1840 p.11 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 1840年版 ニーファイ第一 3:10


The Book Of Mormon 1841 p.6 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 1841年版 ニーファイ第一 3:10


The Book of Mormon by Orson Pratt 1908
 The Book of Mormon 1908年版(Orson Pratt) ニーファイ第一 3:10


The Book Of Mormon 1920 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 1920年版 ニーファイ第一 3:10


The Book Of Mormon 1981 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 1981年版 ニーファイ第一 3:10


The Book Of Mormon 2013 ニーファイ第一 3:10
 The Book Of Mormon 2013年版 ニーファイ第一 3:10


 1981年版において変更されたのは、オリジナル原稿を用いて印刷業者原稿の20箇所の大きな誤りを修正し、他の個所は印刷業者原稿と1840年版に基づいて修正をしたようです。しかし、金版を見たこともない人間が、教祖ジョセフ・スミスの修正を超えて修正してしまえるというのも不思議です。


 続いてモーサヤ29章15節を見たいと思います。また、2013年版から引用します。

15 And whosoever has committed iniquity, him have I punished according to the crime which he has committed, according to the law which has been given to us by our fathers.

 ここでは1837年版、1840年版、1920年版、1961年版では、「according to the crime which he has committed,」(彼が犯した罪に応じて、)の文言が削除されています。これは日本語訳でも確認できます。

モルモン経明治訳・昭和佐藤龍猪訳、平成訳、平成訳改訂版


罪惡を犯したる者あらば、我は我等の父祖より傳わる法に據(より)て之を罰せリ。
 明治訳初版(明治42(1909)年)

罪悪を犯す者は、これをわれらの先祖から伝わった方によって罰してきた。
 昭和訳、第一装丁1958年再販(2刷)、第二装丁1969年10刷、第三装丁1981年34刷、第四装丁1992年49刷

また、わたしは罪悪を犯した者に、それがだれであろうと、わたしたちの先祖から与えられた法に従って、その者の犯した罪科に応じて罰を与えてきた。
 平成訳、1995年ハードカバー版、2005年ソフトカバー版、平成訳2009年改訂版


1829 Printer’s Manuscript of the Book of Mormon, モーサヤ29:15
 1829 Printer’s Manuscript of the Book of Mormon, モーサヤ29:15


1830 Book of Mormon, モーサヤ29:15
 1830 Book of Mormon, モーサヤ29:15


1837 Book of Mormon, p.232 モーサヤ29:15
 1837 Book of Mormon, モーサヤ29:15


1840 Book of Mormon, モーサヤ29:15
 1840 Book of Mormon, モーサヤ29:15


 しかし、もはや金版もないし(天使が訳し終えたらサッサと天に持って行った。ジョセフ・スミスは金版の写しも作ることなく、拓本も作らなかったのでもはや原本を確認のしようがない。)、オリジナル原稿と印刷業者原稿の間には違いもあり、さらに印刷業者原稿と印刷された1830年初版にも開きがあり、ジョセフ・スミスが存命中校正した1840年版とも1981年以降の英文 Book of Mormon は違いがある。金版を見て訳したと称しているジョセフ・スミスによる校正が正しくて、オリジナル原稿の方が間違っている可能性もあるのに、それに合わせた改正というものはどうなんだろうね、と思う。


五島勉著「ノストラダムスの大予言」のトンデモ人魚


 平成19(2007)年か、平成20(2008)年頃の帰り道に古本屋に立ち寄ったところ、100円ワゴンの中に五島勉の「ノストラダムスの大予言」シリーズがありました。1999年が過ぎて何年も経ちますから、外れた予言解釈本などは投げ売り状態でした。そこでドゥームズデイカルト(終末カルト)を調べる一環で五島勉の「ノストラダムスの大予言」シリーズを全巻揃えてみました(当時は1冊100円程度なのでお財布にも優しかった)。あと、「トンデモ ノストラダムス本の世界」とか、トンデモシリーズも買いました。

 「トンデモ ノストラダムス本の世界」を読んで、その中で印象深く残っているのが、「ノストラダムスの大予言」の初期の版には、予言詩の3巻21番の詩の成就として出てくる人魚の写真(夕刊フジに載せられていたものを転載)が、上半身が魚で下半身が人間という「魚人」のようなものだったのが、コペンハーゲンの人魚像の写真に差し替えられたというものでした。

トンデモ ノストラダムス本の世界(山本弘(と学会会員)著 洋泉社 1998年)


トンデモ ノストラダムス本の世界(山本弘(と学会会員)著 洋泉社 1998年 p.59)
(「トンデモ ノストラダムス本の世界」 山本弘(と学会会員)著 洋泉社 1998年 p.59)

“  また『大予言』の初版本には、アラビア西海岸でつかまったという、上半身魚、下半身人間のヘンてこりんな怪物の写真(『夕刊フジ』からの転載)が載っていた。どう見ても、海外のタブロイド新聞によくあるインチキな合成写真なのだが、之こそノストラダムスの予言した「怪奇な人魚」(第三巻二一番)だというのである。しかし、これはさすがに自分でも無理があると感じたのか、後の版ではコペンハーゲンにある人魚像の写真に差し替えられている。 ”
(「トンデモ ノストラダムス本の世界」 山本弘著 洋泉社 1998年7月14日初版 p.58)

 その時持っていた、「ノストラダムスの大予言」は新しい版(ノストラダムスWikiの「『ノストラダムスの大予言』の各版の違い」によると水色版)のものだったので、本の中の写真もコペンハーゲンの人魚像でした。最近になって思い出して、検索してノストラダムスWikiとかを見たり、画像検索とかしたらいくつか出て来てその記事を見たりしたら、ベルギーの画家ルネ・マグリットによる1934年の油彩作品「共同発明 (The Collective Invention)」を使ったものだったようです(この作品については.renemagritte.org https://www.renemagritte.org/the-collective-invention.jsp#prettyPhotoや、「Artpedia(アートペディア)」の作品解説がわかりやすかったです。 https://www.artpedia.asia/the-collective-invention/ )。

 ルネ・マグリットの元絵と、それを新聞の荒い写真画像に似せるために点画加工したものと、「ノストラダムスの大予言」に夕刊フジから転載されていたものを並べて見ますと、ルネ・マグリットの絵が元なんだとわかります。

ルネマグリットの1934年の作品「共同発明」(Collective Invention)、それを点画加工したもの、ノストラダムスの大予言に掲載された写真

 さて、この写真記事の個所を五島勉著の「ノストラダムスの大予言」の青版と水色版から引用したいと思います。

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「ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日」 青版(昭和49年(1974年)2月23日158版)、水色版(平成4年(1992年)3月10日448版)


“ それは第三巻の二一、次のような常識では考えられない詩である。

 アドリアの海を通ってクルスタミンに
 おそろしい魚があらわれるだろう
 それは一匹の奇怪な人魚
 釣り針を使わずとらえられることになるはずだ

 時日は指定されていない。汚染魚や奇形魚をあつかった時の全部が、現代を示していることから見て、同じ表現の「おそろしい魚」(un horrible poisson)という言葉がふくまれるこの一篇も、そうした現代関連詩の一つと見ていいだろう。
 ノストラダムスは、指し示す時代によって、形容詞や動詞を微妙に変に変えて使うくせがあるので、私のこの推定はまず確実だ。
 とすると、現代、おそらくは汚染魚や奇形魚が出てくるのと同じ時期に、ローレライの歌に出てくるような人魚が一匹つかまえられるということになる。
 その場所はクルスタミン(Crustamin=甲殻類つまりエビ・カニ・サソリなどがとれる土地を意味する古語。中世の地理用語では紅海地方を指す)。捕える状況は釣り針を使わず―たぶんアミか素手。
 これは考えられない。人魚は完全に虚構の動物だ。船員や漁民が人魚を見た、という話はむかしときどきあったが、それは全部アザラシかジュゴン(水棲哺乳類の一種)の見誤りだった。生物学上、人間と魚の混血動物が存在するということは、天地がひっくりかえってもありえない。
 したがって、その発見と捕獲をノストラダムスが予言したとすれば、それはいからも中世人らしいエラーというべきで、ここから彼の予言体系すべてが崩れてくる。
 私はそう思って、救いへの突破口をようやく見つけ出した気になった。
 ところが、その数日後、電車に乗っていた私は、たまたま隣の人がひろげた新聞(夕刊フジ、七三年四月七日)を見て、息が止まるのをおぼえた。
 そこには、三面トップ扱いで、アラビア西海岸で一匹の人魚がアミにかかったこと、しかもそれは、顔が魚、体が人間という奇怪きわまる人魚だったことが、現地新聞(カイロのアルゴムホウリア紙)からの特電として、くわしく報道されていたのである。
 この報道は、その後、二、三の週刊誌でも伝えられたので、お読みになった方も多いと思う。それは必ずしも権威のあるものではなく、続報もなかったので、あるいは現地新聞のまちがいだったのかもしれない。しかしこの場合、ことの真偽は問題ではない。そういう人魚さわぎが、四百年前の予言者によって見通されていたということが問題なのだ。
 ノストラダムスの時代からいままで、人魚が実際につかまったこと―少なくともつかまったと人びとが広く知ったことは、この事件一回しかない。そうであるなら、彼はあきらかにこの事件を予知したことになる。
 それが的中したということは、さっきの突破口と逆の意味で、彼の全予言が的中することを証明してはいないだろうか。
 つけ加えるなら、この詩の最後の「釣り針を使わず」の原文は dehors de I'hamecon (釣り針の外に)であり、これには「いったんつかまえたものをとり逃がす」という意味もあり、それが報道されたのちウヤムヤになってしまう状況さえ示しているように感じられるのである。
 実際、現地紙によると、漁師たちは一旦その人魚を岸にひきあげたが、すぐに可哀そうになり、また祟りがおそろしいと思って、アミからはずして逃がしてやったことになっている。
 ともかく、この人魚ショックは、私の絶望にダメ押しの一点を加えた。ここまでピタリと当たった以上、そしてほかの詩も(ヒトラーが Hyster であるような未完成のミスを除いて)すべて的中している以上、人類破滅の予言もまず絶対に疑うことはできない。
 この、もはや逃げ道のない確信をいだいて、私たちはとうとう、一九九九年の滅亡予言に取りくまなければならない瀬戸ぎわに立たされてしまったようである。 ”

「ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日」 五島勉著 祥伝社 昭和49(1974)年2月23日158版(青版) pp.136-140

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“  それは第三巻の二一、次のような常識では考えられない詩である。

 アドリアの海を通ってクルスタミンに
 おそろしい魚があらわれるだろう
 それは一匹の奇怪な人魚
 釣り針を使わずとらえられることになるはずだ

 時日は指定されていない。しかし、汚染魚や奇形魚をあつかった時の全部が、現代を示していることから見て、同じ表現の「おそろしい魚」(un horrible poisson)という言葉がふくまれるこの一篇も、そうした現代関連詩の一つと見ていいだろう。
 ノストラダムスは、指し示す時代によって、形容詞や動詞を微妙に変に変えて使うくせがあるので、私のこの推定はまず確実だ。
 とすると、現代、おそらくは汚染魚や奇形魚が出てくるのと同じ時期に、ローレライの歌に出てくるような人魚が一匹つかまえられるということになる。
 その場所はクルスタミン(Crustamin=甲殻類つまりエビ・カニ・サソリなどがとれる土地を意味する古語。中世の地理用語では紅海地方を指す)。捕える状況は釣り針を使わず―たぶんアミか素手。
 これは考えられない。人魚は完全に虚構の動物だ。船員や漁民が人魚を見た、という話はむかしときどきあったが、それは全部アザラシかジュゴン(水棲哺乳類の一種)の見誤りだった。生物学上、人間と魚の混血動物が存在するということは、天地がひっくりかえってもありえない。
 したがって、その発見と捕獲をノストラダムスが予言したとすれば、それはいからも中世人らしいエラーというべきで、ここから彼の予言体系すべてが崩れてくる。
 私はそう思って、救いへの突破口をようやく見つけ出した気になった。
 ところが、その数日後、電車に乗っていた私は、たまたま隣の人がひろげた新聞(夕刊フジ、七三年四月七日)を見て、息が止まるのをおぼえた。
 そこには、三面トップ扱いで、アラビア西海岸で一匹の人魚がアミにかかったこと、しかもそれは、顔が魚、体が人間という奇怪きわまる人魚だったことが、現地新聞(カイロのアルゴムホウリア紙)からの特電として、くわしく報道されていたのである。
 この報道は、その後、二、三の週刊誌でも伝えられたので、お読みになった方も多いと思う。それは必ずしも権威のあるものではなく、続報もなかったので、あるいは現地新聞のまちがいだったのかもしれない。しかしこの場合、ことの真偽は問題ではない。そういう人魚さわぎが、四百年前の予言者によって見通されていたということが問題なのだ。
 ノストラダムスの時代からいままで、人魚が実際につかまったこと―少なくともつかまったと人びとが広く知ったことは、この事件一回しかない。そうであるなら、彼はあきらかにこの事件を予知したことになる。 また西欧では、人魚は人間の正気を失わせ、舟をおびきよせて難させる破滅の象徴であり、 この詩はそういう誘惑と破滅の時代が来ることをあらわしたの破だ、という説もある。 いずれにしろ、これはデタラメな詩ではない。
 つけ加えるなら、この詩の最後の「釣り針を使わずに」の原文は dehors de I'hamecon (釣り針の外に)であり、これには「いったんつかまえたものをとり逃がす」という意味もあり、それが報道されたのちウヤムヤになってしまう状況さえ示しているように感じられるのである。
 実際、現地紙によると、漁師たちはいったんその人魚を岸にひきあげたが、すぐに可哀そうになり、また祟りがおそろしいと思って、アミからはずして逃がしてやったことになっている。
 ともかく、この人魚ショックは、私の絶望にダメ押しの一点を加えた。ここまでピタリと当たった以上、そしてほかの詩も(ヒトラーが Hyster であるような未完成のミスを除いて)すべて的中している以上、人類破滅の予言もまず絶対に疑うことはできない。
 とくに最近おそろしいと感じさせられたのは、118ページにあげた「大地と大気が冷えていく」の詩である。本書がはじめて発行された段階では、この詩は、まだ文字どおりの未来への予言だと受けとられていた。ところが、発行の数ヵ月後あたりから、この詩が暗示する状況は、すでに科学的に確定した事実として、私たちにふりかかってきた。大気汚染を原因のひとつとする異常気象によって、地球の気温が冷えはじめたこと、そしてそれが、かつてない世界的な食糧危機をもたらすだろうことを、いまでは多くの科学者や国連の専門家たちさえもが、一致して警告している。
 つまり、この氷河期接近の詩は、百パーセント的中したとみなければならない。ほかに食糧については、「小麦の値段がはね上がる」も的中したし、西アフリカの飢饉も百パーセント当たった。さらに世界的な飢え、局地的な大地震の暗示も、このぶんではどうやら的中しそうな雲行きだ。とすれば、そのつぎにはいったい何がおそって来るのか?
 この、逃げ道のないおそれを抱きながら、私たちはとうとう、一九九九年の滅亡予言に取りくまなければならない瀬戸ぎわに立たされてしまったようである。 ”

「ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日」 五島勉著 祥伝社 平成4(1992)年3月10日448版(水色版) pp.136-140

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変更点

p.137 2行目加筆
「しかし、」

p.138 水色版13-15行目加筆(誤植「舟をおびきよせて難させる・・・をあらわしたの破だ」難破の文字の破文字が別な場所に)
「 また西欧では、人魚は人間の正気を失わせ、舟をおびきよせて難させる破滅の象徴であり、 この詩はそういう誘惑と破滅の時代が来ることをあらわしたの破だ、という説もある。 いずれにしろ、これはデタラメな詩ではない。」

P.138 青版14-15行目削除
「 それが的中したということは、さっきの突破口と逆の意味で、彼の全予言が的中することを証明してはいないだろうか。」

p.139の写真の差し替え

p.140 1-11行目までを加筆挿入
「 とくに最近おそろしいと感じさせられたのは、118ページにあげた「大地と大気が冷えていく」の詩である。・・・そのつぎにはいったい何がおそって来るのか?」

p.140 水色版12行目変更(青版の1行目)
「この、もはや逃げ道のない確信をいだいて」→「この、逃げ道のないおそれを抱きながら、」

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ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1557年) 3巻21
ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1557年) 3巻21


 第3巻21番の予言詩は

Au crustamin par mer Hadriatique
Apparoistra vn horride poisson,
De face humaine,& la fin aquatique,
Qui se prendra dehors de l’ameçon.

となっていて、

“ Among the Crustacea, ncsr the Adriatic Sea,
A horrid fish shall appear,
Having a man's face and a fish's body,
Which shall be taken without a hook. ”
(The complete prophecies of nostradamus by Henry C. Roberts p.84)

The Complete Prophecies of Nostradmus , Henry C. Roberts p.84
The Complete Prophecies of Nostradmus , Henry C. Roberts p.84

“ アドリア海¹の近くで、カニのような
こわい魚があらわれ
それは人の顔と魚の体をしていて
釣針なしでとらえられるだろう  ”
(「ノストラダムス 大予言 原典 諸世紀 仏和対訳」 ヘンリー・C・ロバーツ編 大乗和子訳 内田秀男監修 たま出版 p.102)

“ アドリア海近くのクリュスチュマンに、
 人間の顔と水棲の端(はし)をもちし
 おぞましき魚が現れ、
 釣針で外に釣り上げられん。
 〔アドリア海の近くにあるクルストゥメリウムの地方で、人間の顔をもち水棲動物の尾を生やした、おぞましい魚が現れ、それは釣針で水中から釣り上げられるだろう。〕 ”
(「ノストラダムス予言集」 P.ブランダムール[校訂] 高田勇・伊達進[翻訳] 岩波書店 p.232)

“ アドリア海を通ってクルストゥメリアで、
戦慄すべき一尾の魚が現われるだろう。
人の顔と水棲の尾を持ち、
釣り針で (水の) 外に釣り上げられるだろう。 ”
(「ノストラダムス Wiki」)

と人間の顔をもって水生生物の尾を持った生き物とあるのに、「それは一匹の奇怪な人魚」と原書とは違う文言にしてしまっています。また五島勉が持ってきた夕刊フジ1973年4月7日の元記事「現地新聞(カイロのアルゴムホウリア紙)」の写真とされるものには、写真の下の方にアラビア語でイエメンで捕らえられた"人魚"(عروس البحر التي اصطيدت باليمن)とあります。このイエメンで捉えられた生き物(マグリットの絵を使ったフェイク記事ですか)がなぜこの予言詩と関係するのか理解できません。

 五島勉は “ 続報もなかったので、あるいは現地新聞のまちがいだったのかもしれない。しかしこの場合、ことの真偽は問題ではない。そういう人魚さわぎが、四百年前の予言者によって見通されていたということが問題なのだ。 ”  と語っているが、そもそも予言詩では人間の顔をもって水生生物の尾を持った生き物で、写真は魚の上半分と人間の下半身という全く違ったもので、アドリア海近くの(通った)「クリュスチュマン」(Crustumin)で釣り上げられるのが、イエメンというまったく別な場所の出来事を結びつけてしまうご都合主義と思い込みがすごいなーと感じましたね。

 革命後の1954年に革命新政府の代弁者として創刊されたカイロの日刊紙Al Gomhuria紙も、40万部(2000年)ほどの発行部数しかない新聞ですから、そういったローカルな新聞のフェイク記事・飛ばし記事をもって  “ 人魚が実際につかまったこと―少なくともつかまったと人びとが広く知ったことは、この事件一回しかない。 ”  として根拠にしてしまうのは無理筋。「ノストラダムス予言集」 (P.ブランダムール[校訂] 高田勇・伊達進[翻訳] 岩波書店)によれば、

“ 三-二一
 アドリア海近くのクリュスチュマンに、
 人間の顔と水棲の端(はし)をもちし
 おぞましき魚が現れ、
 釣針で外に釣り上げられん。
 〔アドリア海の近くにあるクルストゥメリウムの地方で、人間の顔をもち水棲動物の尾を生やした、おぞましい魚が現れ、それは釣針で水中から釣り上げられるだろう。〕

 ブランダムールは「クリュスチュマン」(Crustumin)を「クルストゥメリウム」(Crustumerium)というサビニ人の町に由来するものと解釈しているが、これをカットリカでアドリア海に流れ込むコンカ河とする注釈者もいる。いずれにせよ、そこで上半身は人間で下半身が魚の怪物 ― セイレーンか ― が捕えられるだろう、というのである。アンブロワーズ・パレはコンラート・ゲスナーの記述をもとに次のように書いている。「一五二三年一一月三日、五、六歳の子どもの大きさで、臍までは耳を除いて人間の上半身をしており、下半身は魚に似た、海の怪物(図28)がローマで目撃された†¹」(『怪物と驚異について』第三四章)。これに類したさまざまな海の怪物の目撃談が、当時の動物誌から瓦版、驚異譚に至るまでおびただしく記されている。
†1 A.Paré, op. cit., p.105. “
(「ノストラダムス予言集」 P.ブランダムール[校訂] 高田勇・伊達進[翻訳] 岩波書店 pp.232-233)

「ノストラダムス予言集」 P.ブランダムール[校訂] 図28
「ノストラダムス予言集」 P.ブランダムール[校訂] 図28

『怪物と驚異』(Des Monstres et Prodiges) 1573年
『怪物と驚異』(Des Monstres et Prodiges) 1573年

と、ノストラダムスの当時、人間の上半身と魚の下半身をした怪物の目撃談があったようですし、日本でも人魚の目撃話なんてものは昔からあるわけで、なんでも思い込みとこじつけはできるものだと感じましたね。



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