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マルコ福音書の結び 大文字写本から

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マルコ福音書の結び 大文字写本から
2015/3/20(金) 午前 3:42
https://blogs.yahoo.co.jp/yhwhicxc/13876059.html

 聖書というものは読めば読むほど、学べば学ぶほど発見があったり、知っていたことでも改めてそのことに注目して学んでみると、今まで気がつかなかったり見過ごしてきたことに出会ったりなどしたりします。

 マルコ福音書が16章8節での唐突な終わり方までがオリジナルなテキストで、その後に9節から20節までの長い結びを新共同訳では「結び 一」と小見出しをつけ、もう一つの短い方の結びを「結び 二」という小見出しをつけて載せられていますが、双方もしくは片方を日本語訳では本文に載せていることがほとんどでしょう。

 以下に口語訳聖書より「結び 一」(新改訳は単に亀甲括弧で囲んでいる)を引用しましょう。そして口語訳には載せられていない「結び 二」(新改訳は「別な追加文」と小見出しをつけている)を新共同訳から引用します。

〔 16:9週の初めの日の朝早く、イエスはよみがえって、まずマグダラのマリヤに御自身をあらわされた。イエスは以前に、この女から七つの悪霊を追い出されたことがある。 16:10マリヤは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいる所に行って、それを知らせた。 16:11彼らは、イエスが生きておられる事と、彼女に御自身をあらわされた事とを聞いたが、信じなかった。
16:12この後、そのうちのふたりが、いなかの方へ歩いていると、イエスはちがった姿で御自身をあらわされた。 16:13このふたりも、ほかの人々の所に行って話したが、彼らはその話を信じなかった。
16:14その後、イエスは十一弟子が食卓についているところに現れ、彼らの不信仰と、心のかたくななことをお責めになった。彼らは、よみがえられたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。 16:15そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。 16:16信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。 16:17信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、 16:18へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。
16:19主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。 16:20弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。〕

 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間に手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

 マルコ福音書の日本語訳聖書の終わり方は、これらの後代の加筆部分を本文に載せない田川建三訳タイプ。「結び 一」(岩波書店聖書翻訳委員会訳「補遺2」)「結び 二」(岩波書店聖書翻訳委員会訳「補遺1」)とか、長い方の追加文を亀甲括弧などで囲うなりして何の説明もなく本文に載せたり、亀甲括弧で囲いもしないで本文として載せてしまうもの。短い方の結びを載せないものなどがあります。

 マルコの終わり方には、①8節でおわるもの、②8節以下に短い方の「結び 二」を付したもの。③8節以下に9~20節の「結び 一」を付したもの。④ワシントン写本のみ16章14節を拡張し15節冒頭のκαὶ εἶπεν αὐτοῖς,をαλλαに置き換えている。という四つのタイプがあります。

 ネストレ27版の欄外の本文批評を見ますと、
省略。 א、B、304、k、シリア語シナイ写本、コプト語訳サヒド方言(単一の証拠)、アルメニア語訳(与えられた読み方を支持するひとつ以上の証拠);エウセビオス、エウセビオス(与えられた読み方を支持するひとつ以上の証拠)、ヒエロニムス(与えられた読み方を支持するひとつ以上の証拠)
となっています。

挿入。 A、C、D、W、Θ、f₁、f₁₃、33、2427、多数派本文、古ラテン語訳(古ラテン語訳とごく一部がウルガタと一致する)、キュアトン・シリア語訳、ペシッタ本文、シリア語ヘーラクレーア訳、コプト語訳ボハイル方言

 田川訳の注では、わかりやすく

“何も加えず、このまま終わっているのは、シナイ写本(א)とヴァチカン写本(B)、つまり新約の諸写本のうち最も重大な二大写本。ほかに小文字写本304、シリア語シナイ写本(これはギリシャ語大文字シナイ写本とは直接には無関係)、サヒド(上エジプト)方言のコプト語訳諸写本、など。しかしほかの一定数の大文字写本も、一応つけ足し部分をのせてはいるが、「一部の写本に見られるつけ足しだが」という趣旨の断り書きを記した上で書き写している(左記参照)。
 そして極めて重要なのはエウセビオスの証言。・・・
・・・
 「長いつけ足し」だけを「短いつけ足し」なしで八節の直後に記しているのは、A C D W Θ f₁ f₁₃ 33 2427 ほか、及びいわゆるビザンチン系の役には立たないが大量にある写本。・・・“「田川建三 訳著 新約聖書 訳と注 1 マルコ福音書/マタイ福音書」(作品社 p.496 p.498)
 と説明しています。

 次に写本を見てみましょう。

 まずはシナイ写本です。こちらは8節で終わっています。そしてマルコの冒頭が次の欄にあるので分かりやすいです。8節の終わり二行を下の方にネストレ校訂本より赤文字で示しました。

シナイ写本 マルコ福音書の結び
(シナイ写本)


 そして次はヴァチカン写本です。こちらもシナイ写本と同じく8節で終わっています。一応分かりやすいように7節と8節の冒頭に節番号を赤文字で付しておきました。

ヴァチカン写本 マルコ福音書の結び
    (ヴァチカン写本)


 次に長い結びである「結び 一」を付したアレクサンドリア写本を見てみましょう。こちらは横にネストレ校訂本より青文字で19節を、黒文字で20節を併記しました。赤線が引いている所は写本では省略文字が使われているところです。

アレクサンドリア写本 マルコ福音書の結び
(アレクサンドリア写本)

 続いて上記に示した長い結びの終わりにアーメンを加えているものがあります。写本ではエフライム写本、べザ写本、レギウス写本、ワシントン写本、コリデティ写本、アトウス・ラウレンシス写本、f₁₃、2427など。その中からべザ写本とワシントン写本を見てみましょう。べザ写本の方は長い結び全体に節番号を付してあります。ワシントン写本は19節、20節の節番号を赤文字で付しています。両写本とも最後にΑΜΗΝ(アーメン)が付してあります。これはワシントン写本の方が見やすいでしょう。

ベザ写本 マルコ福音書の結び 1
(べザ写本)

ベザ写本 マルコ福音書の結び 2
(べザ写本)

ワシントン写本 マルコ福音書の結び
(ワシントン写本)


 最後にワシントン写本の14節の拡張と15節冒頭の置き換え箇所を見てみましょう。

ワシントン写本の拡張部分
(ワシントン写本の拡張部分)

 メッガー博士の著書『新約聖書の本文 研究』で、4世紀後半~5世紀前期に由来するW写本のマルコ福音書の16章9節以下の長い結び(新共同訳の「結び一」)と呼ばれる異読の中、14節に続いて次の次のような異読が挿入されていることが出ています。

 14 その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰さとかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。
 そして彼らは弁解して言った、「不法と不信の今の時代は、サタンの支配下にあります。サタンは神の真理と力が汚れた霊に打ち勝つことを許しません。ですから、あなたの義を、今、お示しください」。こう彼らはキリストに言った。そこでキリストは彼らに答えられた、「サタンが力をふるう時代は終わった。しかし、別のおそろしいことが近づいている。わたしを死に渡して罪を犯した者たちは真理に立ち帰り、再び罪をおかさないであろう。彼らは不滅の霊の栄光―天にある義の栄光を―受けるであろう」。
 15 それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。 16 信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。 17 信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。 18 手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」

 この異読を付け加えた人たちは、どのような状況にあったのでしょうか。彼らが使徒たちの弁解のことばとして付け加えた言葉は、彼ら自身の状態を表しているのかもしれません。そして、キリストの言葉として付け加えられた言葉は、彼らの共同体を力づけるために加えられたのかもしれません。そうするとこの共同体は、ユダヤ教徒の中にあって彼らに伝道していたのでしょうか。なかなか、想像を掻き立てられるものです。

 今回、多くのファクシミリ版の新約聖書の大文字写本のPDFを見つけることができ、いろいろと見て行くと、ネストレ校訂本の欄外の本文批評は本当あてになるなーと感心しましたね。そして大文字写本の読みにくさには参りますね。しかし、実際に写本から見てみますと解説書や印刷本ではことばの上で判っていても、実際はこうなんだと改めて知ることができましたね。やっぱり聖書は面白い。

***追記2023/03/11***

 ネストレ=アーラント27版の本文批評欄に出てくる小文字写本2427(Minuscule 2427)は19世紀に作られたものと判明し、ネストレ=アーラント28版では使われていません。

 ネストレ=アーラント27版の序文にはこうあります。

"Auch Minuskeln werden erstmals, wenn sie erhebliche Bedeutung für die Textkonstitution bzw.die Textgeschichte haben. unter die ständigen Zeugen aufgenommen. Als ständige Zeugen erster Ordnung werden zitiert:
さらに、本文の歴史や確立のために重要な小文字写本が、初めて常用証拠に含まれることになった。第一の常用証拠は次のものである。
die Minuskeln 33, 1739, 1881(in den Paulinen) und 2427;
小文字写本33, 1739, 1881(パウロ書簡において). 2427"
(p.4)

"Die ständigen Zeugen für die Evangelien
福音書における「常用証拠」

a) Die ständige Zeugen erster Ordnung
a) 第一位の「常用証拠」
・・・
Die Minuskelfamilien f¹ und f¹³ (für alle Evangelien) sowie die Minuskeln 33 (für alle Evangelien) und 2427 (für Mk)
小文字写本家族 f¹,f¹³(すべての福音書について).小文字写本33(すべての福音書について).2427(マルコについて)"
(pp.16-17)

 この写本についてWikipediaの英語版・ドイツ語版、そこで参照されている論文やホームページなどを見ますとおおよそ次のようです。

Minuscule 2427
Minuscule 2427(Wikipedia)

 1917年、アテネの骨董商で収集家のヨハネス・アスキトプロス氏の死後その邸宅でこの写本は発見され、1936年、ヨハネス・アスキトプロス氏の甥によってエドガー・J・グッドスピードに売却されました。1937 年、原稿はシカゴ大学図書館の Goodspeed Manuscript Collection に送られ、それ以来、請求番号 Ms. 972 が付けられました。

 1947年にJournal of Religion 27 (April 1947): 148-149にて、ロバート・P・ケーシー氏は"in every way extraordinary and the curious anomalies of its script and text form a pattern strikingly similar to that of its miniatures(その文字とテキストの奇妙な変則性は、その細密画と驚くほど類似したパターンを形成しています。)" (p. 148). と書き、彼は原稿が19世紀の重要な版からコピーされた可能性があるという疑いを表明しました。

 1988年にメアリー・ヴァージニア・オルナ教授とそのチームによりこの写本の挿絵の顔料からプルシアンブルー(KFe[Fe(CN)9])が含まれていることを発見しました。この顔料は1704年に発明されたものです。その他にも合成ウルトラマリン・ブルー、亜鉛白(あえんはく)、硫化亜鉛など19世紀になってからの顔料が使われていることもわかりました。これらの顔料は後から上塗りされたものではなく、最初からこれらの顔料で書かれたものであることもわかりました。

 この写本は、古文書学的に年代を特定することが非常に困難とされていて13 世紀から18 世紀のものとされていましたが、写本への関心を新たにするために2006年初頭にオンラインで写本のデジタル画像が公開され、同年2月までにスティーブン・カールソンは、写本が偽物であるという彼の発見を発表し、聖書文学協会の 2006 年年次総会で疑いの余地なく彼の主張を証明しました。

Novum Testamentum Graece, Philppus Buttmann 1860
Novum Testamentum Graece, Philppus Buttmann 1860

 そのテキストは、フィリップ・ブットマン(Philppus Buttmann)の 1860年版の「Novum Testamentum Graece」(ギリシア語新約聖書)から複製されたものす。そして、ブットマンのギリシヤ語新約聖書はマイ枢機卿のファクシミリ版(エラーがとても多い複製版)の1860年改訂版に基づいています。ブットマンのギリシヤ語新約聖書はマイ枢機卿によるバチカン写本のファクシミリ版のテキストから離れた箇所が85カ所あり、この写本の製作者はそのうち81箇所でブットマンに従っていました。 さらに、2427 が三箇所で行を誤って省略し (6:2、8:12、14:14)、各節で省略された行が、ブットマンの版の省略された行に正確に対応していることが明らかになりました。

 ネストレ=アーラント27版とUBS4版などは、クルト・アーラントとバーバラ・アーラントの夫妻の著書が主な参考文献の最初の方に出てくるくらいですし、その著書の中でこの写本をカテゴリーⅠの写本に位置付けていますからアレクサンドリア型の小文字写本と言うことで、無批判的にそう区分してしまったのでしょう。

 UBS4版でSelected Bibliography(選択された参考文献)のリストにあるクルト・アーラントとバーバラ・アーラント共著「The Text of THE NEW TESTAMENT」(Kurt Aland and Barbara Aland, WM.B.EERDMANS PUBLISHING, 1989)を見た所、四か所で取り上げられていて、p.129から始まる「Descriptve List of Minuscules(小文字写本の説明付きリスト)」とp.159の「10. カテゴリ別のテキスト原稿のレビュー(10. A REVIEW OF TEXT MANUSCRIPTS BY CATEGORY)にある「表 8. 世紀別およびカテゴリー別のギリシャ語写本の分布 [太字は 10 葉を超える原稿を示します](Table 8. Distribution of Greek manuscripts by century and category [Bold indicates manuscripts of more than ten folios])」というカテゴリー別の表の中で、この小文字写本2427をカテゴリーⅠに区分されています。カテゴリーⅠについては以下のように説明されています。

p.159
"10. A REVIEW OF TEXT MANUSCRIPTS BY CATEGORY
・・・
Category Ⅰ: Manuscripts of a very special quality which should always be considered in establishing the original text (e.g., the Alexandrian text belongs here). The papyri and uncials up to the third/fourh century belong here almost automatically because they represent the text of the early period (those whose witness is slight are shown in parentheses).
・・・"

10. カテゴリ別のテキスト原稿のレビュー
・・・
カテゴリ Ⅰ: 原文を確立する際に常に考慮されるべき、非常に特殊な性質の写本 (例: アレクサンドリア語の本文がここに属します)。 3 世紀から 4 世紀までのパピルスとアンシャルは、初期の時代の文書を代表するものであるため、ほぼ自動的にここに属します (証言が少ないものは括弧内に示されています)。
・・・

The Text of THE NEW TESTAMENT Kurt Aland and Barbara Aland

The Text of THE NEW TESTAMENT by Kurt Aland and Barbara Aland p.162


 まあ、この本のドイツ語改訂版が1989年(英訳版も1989年発行)に出版されていますから、まだオルナ教授などの鑑定結果が周知されていない段階ですからこれはしょうがないと言えます(テクストゥス・レセプトゥスやKing James Versionに執着しているアメリカの原理主義者たちはこの本もやり玉に挙げていますが、出版年とか考えていないんでしょうか)。

 問題は、メアリー・V・オルナ教授などの鑑定結果が発表され周知された段階で、一旦立ち止まって、UBS第4版(1993年)とネストレ27版(1995年)出版前に検討するか、その後から出す修正版で常用証拠から外すとかすべきだったと思います。

 しかしこの小文字写本2427(Minuscule 2427)が無い時代のネストレ=アーラント26版も、排除したネストレ=アーラント28版も、他の写本証拠から変更はないわけです。そもそも、この写本自体が単独証拠として使われていないので無くなっても結果は変わらないということです。しかし、多くの学者による批判的批評版と言えども、特定の学者の見解に引っ張られてこのような誤りなどがありますからいろいろと調べて注意深くするのがいいでしょう。一信徒としてできることと言ったら使用している版の前の版や旧版などと比べて見るのが手っ取り早いところでしょうか。



 
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Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

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