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後付
2014/7/14(月) 午後 1:40
https://blogs.yahoo.co.jp/yhwhicxc/13145031.html

 89年に出版された新教出版社の「新約聖書小辞典」の【あい】の項目に目が行ったので、そのまま解説を読んでみましたら

 "新約の「愛する」はギリシャ語アガパオーであるが、フィレオーも同義的に使われている(ヨハ16:27, 21:15-20)。他の愛を表すギリシャ語エロース(erōs)は新約にはない。アガペーは本来神の愛である。…アガペーは神が価値のない罪人たる人間に対して自身を与える神のあわれみの行為である。したがって、それはキリストにおいて顕わされた神の愛、「キリストの愛」である。この愛に教えられ、励まされて、人間ははじめて神と人とを愛するようになる。
 (1)…以下略"

 などと書かれていました。読んでいてそれって後付の意味で、「聖書辞典」としてそれを語るのはおかしいような気がします。この説明が「キリスト教辞典」なら分かりますが小とは言え「聖書辞典」には…(汗)。と思いますね。

 ギリシャ語辞典でαγαπη(アガペー)などの説明を読みますと、

 「改訂増補 新約聖書ギリシャ語辞典」(岩隈直著 山本出版)
 "①愛;((古典になくヘレ希でも異教文書の確実な用例は長い間見出されなかったが、現在はあると言う。七十人訳では男女間の愛にも用いられている。新約における用法は前項と大体同じ、前項参照))…"
(注: "前項と大体同じ" とは、この語名詞アガペーの前の動詞アガパオーの説明のこと)

 「新約聖書 ギリシャ語小事典」(織田昭編 クリスチャンセンター書店)
 "愛、いつくしみ、こよなく大事にすること (積極的・肯定的)尊重;新約聖書以前の文献にはフィロンとLXX以外には殆ど用いられていなかった語とされていたが、近年に至りこの名詞形を含む碑文が幾つも発見され、元来非キリスト教的ギリシャ語彙の中に含まれていたことが明らかにされた―Arndt-Gingrich.したがってαγαπηはN.T.が作り出した語ではないが、N.T.によって新しい意味を盛られた語であると言える。…"

 などと説明がなされています。後から意味付けをして、それで聖書を読み解くのは果たしてよいことなのだろうか。聖書筆者はそんな意味付けをして書いたようには思えません。当時、使われていた意味合いで書き表したのではないでしょうか。イエスの発言にしても然りです。さて、もう一つThayer's Greek-English Lexicon of the New Testamentを見てみましょう。

THAYERS GREEK LEXICON 記名入り

" ἀγάπη
ἀγάπη, (ης, ἡ, a purely Biblical and ecclesiastical word (for Wyttenbach, following Reiske's conjecture, long ago restored ἀγαπήσων in place of ἀγάπης, ὧν in Plutarch, sympos. quaestt. 7, 6, 3 (vol. viii., p. 835, Reiske edition)). Secular authors from (Aristotle), Plutarch on used ἀγάπησις. "The Sept. use ἀγάπη for אַהֲבָה, Song of Solomon 2:4, 5, 7; Song of Solomon 3:5, 10; Song of Solomon 5:8; Song of Solomon 7:6; Song of Solomon 8:4, 6, 7; ("It is noticeable that the word first makes its appearance as a current term in the Song of Solomon; — certainly no undesigned evidence respecting the idea which the Alexandrian LXX translators had of the love in this Song" (Zezschwitz, Profangraec. u. Biblical Sprachgeist, p. 63)); Jeremiah 2:2; Ecclesiastes 9:1, 6; (2 Samuel 13:15). It occurs besides in Wis. 3:9 Wis. 6:19. In Philo and Josephus, I do not remember to have met with it. Nor is it found in the N. T. in Acts, Mark, or James; it occurs only once in Matthew and Luke, twice in Hebrews and Revelation, but frequently in the writings of Paul, John, Peter, Jude" (Bretschn. Lex. under the word); (Philo, deus immut. § 14). In signification it follows the verb ἀγαπάω; consequently it denotes "

Ἀγάπη、 (ης、 ἡ、純粋な聖書と教会の単語 (次の Reiske の予想・ ヴィテンバッハ昔復元ἀγάπης、プルタルコスでὧνの代わりにἀγαπήσωνの sympos quaestt. 7、6、3 巻 viii.、p. 835 (Reiske 版))。(アリストテレス) から世俗的な作家、プルタルコスにἀγάπησιςを使用します。" 9 月使用するἀγάπη אַהֲבָה、雅歌 2:4、5、7;雅歌 3:5、10;雅歌 5:8;雅歌 7:6;雅歌 8:4、6、7;("それは顕著な単語最初のソロモンの歌; 現在の用語として登場していること-確かにないデザインの証拠 Alexandrian LXX翻訳者がこの曲の愛の考えを尊重する」(Zezschwitz、Profangraec. u. p. 63 聖書 Sprachgeist));エレミヤ2:2;伝道9:1、6;(2 サムエル 13:15)。それ以外にもで発生ウィスコンシン ウィスコンシン州 3:9 6:19.ヨセフスとフィロは、覚えていないそれを満たしています。行為の N. T. それ見つけたまたマーク、または James;Matthew とルーク、ヘブル人と啓示に 2 回が頻繁に Paul、ジョン、ピーター、ジュードの文章で、一度だけ発生します」(Bretschn。Lex。単語); 下(フィロ、deus immut. § 14)。意義にそれ続く動詞ἀγαπάω;それはその結果を示します  (翻訳は機械翻訳です)

 さて、Thayer's Greek-English Lexiconで七十人訳のアガペーの用例が示されていますが、その箇所をまず七十人訳ギリシャ語聖書で本当にアガペーが使われているのかを確認し、さらにマソラ本文ではどうなっているのかをThe Interlinear Bible: Hebrew-Greek-Englishで確認しました。Jay P. Greenのインターリニアはマソラ本文の各語の下にJay P. Greenの行間逐語が載せられ、語の上にはストロング・ナンバーが振られています(まあ、横にはJay P. Greenの訳が載っています。)。それをSTRONGEST STRONG'Sで確認をしますと、それでアガペーがどのヘブライ語の訳語として使われているかが分かります。

Greens Literal TranslationとLXX

 そうやって探って行きますとヘブライ語'ahₐbâh(אהבה)という語にのみアガペーが使われていました。この語は「聖書語句大辞典」(教文館)によりますと、 "愛、愛情、愛する、恋、恋人" となっており、また「現代ヘブライ語辞典」(キリスト聖書塾)では、 "①愛、愛情、情愛。②好み、愛好。" となっていました。

現代ヘブライ語辞典 項目愛

 イエスも聖書筆者達も、当時の日常の意味においてこれらの語を使用したはずなのに、いつの間にか意味が後付けられ、今度は後付された意味を用いて聖書を読み解くのでは、段々と聖書それ自体から離れてしまう気がします。以前、寛容の語について日本人は日本語の意味として捉えてしまうが、元の言葉には日本語のような意味がないことを書きました(http://blogs.yahoo.co.jp/yhwhicxc/12976101.html)。今回のこともそれと似ている感じがします。

 例えば、今日、ヨハネ21:15-19のペトロへの牧羊命令に対して、愛せよに対してアガパオーとフィローセの語の使い分けに対して、区別解釈すべきではないというのが常識となっていますが、それでもなおいまだに区別解釈をする人があり、イエスとペトロがまるでコイネー・ギリシャ語で、そのような区別をしつつこの対話をしていたかのように思い込んでしまっているかのように解く人もちらほらと見えるのは残念なことです。そういうあやまりを後押ししているのもこのような「小聖書辞典」のような記述をして垂れ流しているせいもあるのでしょう。

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