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墓、十字架、サンヘドリン


 イースターも過ぎましたので関連で、新聖書辞典を見ていますと、あれっと思うような記述も見られたりしました。それは「墓」について見ていましたら、

"新約時代の墓と埋葬の習慣は旧約時代と大差なく"

とありました。第二神殿時代は旧約時代には見られない遺骨の改葬なんかの特徴が見られ、旧約時代とは違うだろうと思いました。

一世紀頃 ユダヤ 墓 


そのことについて「聖書考古学大事典」から見たいと思います。

" 第2神殿時代  第2神殿時代のエルサレムの墓地は、町の周辺のどの方向にもかなり広い地域に散在している。町の西側では今まで発見されている墓はわずかである。埋葬は主に北、東、南の3中心地に集中している。北方では、埋葬地域はスコボスの谷(ワディ・ウム・エル・アメド)のサンへドリア地区の北にはじまり、南に向ってエルサレムの第3城壁近くのヘレナ妃の墓にまで広がっている。東ではオリーヴ山、スコボス山の斜面全域に散在し、南方面ではキドロンの谷やそれから分岐する小さな谷沿いの斜面岩肌を掘削して墓が設けられている。

 埋葬様式 庶民は地表を掘った簡単な墓に埋葬されたと推測することができる。これらは消滅してしまい、何の痕跡も残さない。現在まで残り、しかも日の目を見ることになった墓はいずれも岩を掘削して設けた地下墓室をもつ家族墓である。家族墓のありふれた形式は、きまって壁に棚(ときにはアルコソリゥム)を掘り込んだ方形の部屋(1辺3-4m)である。この部屋には小さな通路(約0.5m 幅)を通って入る。部屋は人間の背丈よりも低いので、埋葬者や墓参者が真直ぐに立てるように入ロのところで深さ約0.9 m の細長い溝を床に掘り込んでいる。おなじ要領で部屋の3面に棚を設けている。人が直立できる高さの墓ではこのような溝は不要で、ただ低い棚-あるいはまったく無い場合もある-が掘られている。
 死者の遺体は遺体安置棚に安置され、後に肉質が剥離したところで骨を収集して蔵骨器(オシュアリ)におさめる。このようにして家族の他の成員のために墓室を確保する。蔵骨器は通常墓室内の棚、あるいは特別な小室に置かれるが、ときには壁に掘られた棚に発見されることもよくある例である。
 骨を集めて改葬するという慣習は第2神殿末期、さらにその後数世紀のユダヤ人の中に広くゆきわたっていた。ミシュナやタルムードに含まれる多数の規定は、埋葬の様式、墓の形体と規模などを取りあつかっている。骨を集める慣習について「まず最初に彼らはアルコソリゥムに葬るのが通例であった。肉体が亡びた後、骨を集め、これらを糸杉の中に改葬する」(パレスティナ・タルムード、モエード・カタン81:3-4節)。「死に臨んで父は語った。畑に私をまず葬りなさい。後に私の骨を集め、糸杉の骨箱の中に納めなさい」(同セマホート12:9)。改葬をしない埋葬の慣習もある。一部の人びとは遺体がそのまま納められる石棺(サルコファグス)を用いる。地位の高い大家族は、コヒムをもつ数墓室からなる洞穴墓を所有していた。この一連の墓室は縦にも横にも数レベルに枝わかれしたつくりとなっている。
 外からはこれらの洞穴墓の正面だけを目にすることができる。一般に正面は飾りがすくなく、小さな入口がついている。洞穴の入口にポーチがある場合には入口は大きく、かつ幅も広い。ある洞穴墓では入口に破風があり、ぶどうの葉と房、アカンサスの葉などが彫られていた。これは典型的なユダヤ人の装飾芸術である。なかには壁柱の間の広い入口に2本の円柱をもつ建築様式(アンタに挟まれた二柱式)のファサードがあり、ドーリア式装飾フリーズを支えている。
 全構造が岩からくりぬかれ、地上に独立して建っているという独特の一群がある。岩を掘って墓を構築する技術は、この一群において、完成度と壮麗の点で頂点に達している。第2神殿時代のものでは、ただ2基の重要遺物、いわゆる「アブサロムの墓」と「ゼカリヤの墓」が現在残っている。第2神殿時代の洞窟墓は何百とエルサレムで発見されている。キドロンの谷で見かけるような孤立した墓は長い間人の目に触れてきたし、もっとも印象深いものも含めて、ある墓は何世代も前に発見された。これらすべては現代において徹底的に再調査されている。状況は不明ながら墓の多くは古い時代にすでに荒らされていた。20世紀に入ってから発見された多数の墓は組織的に発掘調査された。紙数が限られているので、ここではいくつかの例のみを取り上げることにしよう。建築上見るべきものとして壮麗な墓か興味ある墓碑銘なり蔵骨器の発見された墓などである。"
(「聖書考古学大事典」 講談社 pp.274-276)

 イエスも壁の棚に亜麻布で包まれて安置され、この時イエスの遺体が石棺や木棺に収められていないのでコヒム型ではなく、アルコソリゥム型であったのでしょう。壁の棚に安置され、肉が腐り落ちて骨になるのを待ち、そこで改めて骨が集められて蔵骨器という骨箱に収納されて、墓のなかの蔵骨場所に安置されるはずだったのでしょう。しかし、イエスは復活してその必要もなくなってしまいました。

 十字架については以前にアップした記事「主の十字架」の通りでしょう。

 さて、もう一つ、これはたまに見かける意見で、祭りの時にサンヘドリンが開かれているのはあり得ないというものです。このことについてはエレミアスの「聖餐のことば」の説明が分かりやすいと思います。

"・・・(3)議会の開廷とイエスに対する宣告が祭りの夜に行われることが可能だったかとい問題である。「人は・・・祭りの日に裁判をしてはならない」というのはイエスの時代すでに通用していた掟であった(この反証については、これが共観福音書の叙述に対してと全く同様に、ヨハネの叙述に対しても妥当することを明らかにしなければならない。ミシュナーによれば刑事訴訟は祭りの準備の日にも、どっちみち行われてはならなかった。つまりこの反証が正しいとされるならば、これはふつう誤って考えられているように、聖金曜日をニサン十四日とするヨハネの日付に対して共観福音書の日付よりも優先権を与えるということにはならない。そうではなくてこれは共観福音書のイエスの死の日の日付けに対しても、ヨハネのそれに対しても同じように反対しているわけである。)われわれは祭りの夜にそのうえ正式の死刑の宣告が下されたかどうか(このことを福音書記者たちは全然主張していない)という問いに時を費やす必要はなく、ただちに決定的な問題解決に向かうことができる。申命記17・12は祭司や裁判官からなるエルサレムの上級裁判所の決定にそむく者を死刑にすることを命じている。懲戒のためにこのような場合は公に告知されねばならなかった。かなわち「すべての民は、恐れをいだき、重ねて僭越不遜なことをしないように、これを耳に入れなければならない」(申命記17・13)。「すべての民」は年に三回の巡礼の行なわれる祭りの時にだけエルサレムに集められたわけであるから、申命記17・13及び並行箇所申命記21・21、13・12からは、このような律法に特記された最悪の罪過の場合の死刑は­­­­­̶祝祭日に死刑をしてはならないという禁止令にもかかわらず­­­­­̶ 〘バーレゲル〙「祭りの時に」行われねばならなかったという結論が導かれる。「(その両親に対して)反抗的なわがままな子」(申命記21・18-21)、(最上級の)裁判所に反逆する学者(申命記17・8-13)、(偶像礼拝へと)誘惑する者(申命記13・7-12)、(一つの町を偶像礼拝へと誘惑し)背教させた者(申命記13・13-19)、偽りの預言者(申命記18・20)、および偽りの証人(申命記19・18-21)はその場でさばかれてはならず、彼等はエルサレムの議会まで連れていかれ、祭りの時まで監禁され、そして、祭りの時に判決が執行された。なぜならば『すべての民は、恐れをいだき、重ねて僭越不遜なことをしないように、これを耳に入れなければならない』(申命記17・13)からこのような場合もあったわけである。イエスは彼の敵にとっては偽りの預言者に妥当した。われわれはこのことをマルコ14・65および並行記事から最も明瞭に知る。この個所でイエスは議会の判決のあった後、一種の目隠し遊びをされてもてあそばれる。それによって彼は自分が預言者であることを証明できるはずであるというのだ(マルコ14・65、マタイ26・68、ルカ22・64 προφήτευσον〘言いあてて見よ〙)。違反者を嘲弄するのは、その告発された罪をもじってなされるのであるから(ルカ23・11も同様である。白い長衣はユダヤ固有の王の正服である。さらにマルコ15・16-20および並行記事の紫の衣はヘレニズムの王の正服である)、議会の前でイエスが嘲弄されるというこの記事のうちには­­­­­̶この記事は特別な意図を全然含まない­­­­­̶イエスはユダヤ人によって偽りの預言者として宣告されたという事実に対する論駁の余地のない史実的証言が見出されるのである。ところで偽りの預言者として彼には即座に判決が下されねばならなかった。それは(ハラカーからもち出されるすべての対立する諸規定を突破する)律法の命令である申命記17・13に従って、「すべての民」の眼前で、すなわちニサン十五日に彼の死刑を執行するためであった。というのはニサン十六日になればもう過越の巡礼者は故郷に帰っていなかったであろうから。
 われわれは、受難物語の記事はニサン十五日に起こりえない出来事をなに一つ報告していないことを知るのである。"

(「イエスの聖餐のことば」 J・エレミアス著 田辺明子訳 日本基督教団出版局 pp.116-117)

 聖週間と受苦日、イースターにこういうことを改めて読み直してみたりしました。

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