fc2ブログ

ハムの妻エジプタスとその娘エジプタスとその子パロ 


 さて前回記事「(モルモン教義と黒人)」にて「完成への道 福音に関する簡潔なる講話」( ジョセフ・フィールディング・スミス長老 著)の第十六章を引用しましたが、その中でノアの息子ハムの妻について "ハムの妻は、エジプタスであり、これはカルデヤ語でエジプトということであり、 ”禁じられしもの“ という意味である" とB.H.ロバーツの言葉を引いています。また、彼らの聖典「高価な真珠」中のアブラハムの書を引用し、 " エジプトの地始めて一人の女によりて発見せられしが、この女はハムの娘にしてエジプタスの娘なりき。エジプタスとは、カルデヤ語にてエジプトを表わし、これはまた禁ぜられしものなる意なり。" と、ハムとエジプタスの娘で母と同じ名のエジプタスなる娘がエジプトを発見し、エジプトという名前は彼女に由来するとしています。そして彼女の長男の名前が「パロ(Pharaoh)」であるとしています。

 思わずアホか!と心の中でツッコんでしまいました。まずエジプト(Egypt)の語源は古代エジプト語のḥwt-kꜣ-ptḥ(フート・カァ・プタハ(プタハのカァの家))が古典ギリシャ語のΑἴγυπτος(アイギュプトス)と表記されて、エジプトを指す言葉としてギリシャに伝わり、それからローマ帝国の言葉ラテン語Ægyptusを経てヨーロッパ語に広まりました。

 アッシリア語ではエジプト人を指す言葉はmisurです。

The Assyrian Dictionary Volume 10, M, part 2 p.116
 (The Assyrian Dictionary Volume 10, M, part 2 p.116)

 アッカド語でエジプトはMuṣurです。

Akkadian Dictionary エジプト
 (Akkadian Dictionary)

 今日でもエジプトの国名はエジプトの公用語アラビア語でミスル(مصر)といい、アッシリア語やアッカド語と読みは近いです。聖書ではヘブライ語でミスルを音訳して双数形のミスライム(מצרים, ミツライム)と書かれています。同じセム語族なのでよく似ています。アブラハムの書を書いたのはアブラハムだとアブラハムの書にはありますが、カルデヤのウル出身のアブラハムが前6世紀以降の古典・ヘレニズム期のギリシャ語を起源とするエジプトなんて地名など聞いたこともなかったでしょう。ましてエジプトをもじったエジプタスなんて人名も知らなかったでしょう。

 また「禁ぜられしもの」(that which is forbidden)もアッカド語辞典を見ますとḫarmuと出てきます。

 もう一つはエジプタスの長子パロですが、原本の英語版はPharaoh(ファラオ)となっていますが、日本語訳は昭和訳「モルモン経」や彼らが使っている口語訳聖書の表記のまま「パロ」としています。

 これも先ほどのエジプトの地名と同じようなもので、古代エジプト語では「ペル・アア(pr aa)」。旧約聖書ではヘブライ語音訳で「パルオー ( פַרְעֹה : par‘ōh)」と書かれ、日本語訳でも明治元訳、口語訳、新改訳は第一版から第三版まで「パロ」とヘブライ語音訳で訳されていました。現在のファラオはアレクサンドロス大王のギリシャ帝国時代以降のものでギリシヤ語音訳「Φαραώ (pharaō)」が伝わり、ローマ帝国のラテン語音訳「Pharao」として広まったものです。なのでアブラハムは当然のことながら知るはずもない言葉です。

 聖書にないおかしな教義ってその多くが「高価な真珠」のアブラハムの書やジョセフ・スミスが聖書を改ざんしたJoseph Smith Translation of the Bible(この一部分が「高価な真珠」の「モーセの書」と「ジョセフスミス-マタイ」、あと三聖典合本版に収録されている「ジョセフ・スミス訳」として使われている。)と「教義と聖約」が根拠になっています。こんなに出来の悪い作り話を根拠にしているのに、モルモン教徒は疑問に思わないのか不思議に思います。おそらくモルモン教会の出した本や雑誌、Webページの記事なんかをそのまま鵜呑みにして何も考えないから、おかしな記述が出て来ても気にならないのかもしれません。公式サイトにはキリスト教会やキリスト教のクリスチャンから、彼らの聖典のおかしな点でよく指摘される項目について、なんかそれらしい回答っぽいものを出しています(福音トピックスの論文)。これも読んでみると単なる後付けの言い訳にしかすぎず、これを読んで答を得たと思って、検証や裏付け学習もせずに考えることを放棄しているんだろうんな~と感じます。

教義と聖約 高價なる眞珠 記名入り


最後にアブラハムの書の第一章を引用したいと思います。

***

" アブラハムの書より採録せる写し 第一
高価な真珠 1851年初版 アブラハムの書 1
 (画像はPearl of Great Priceの1851年初版 より)
  
 挿絵の説明

1. 主の天使 2. 祭壇上に縛られしアブラハム 3. アブラハムを犠牲に供えんとする、エルケナの神を拝む偶像崇拝の祭司 4. エルケナの神、リブナの神、マーマクラーの神、コラシの神、パロの神の前に立つ偶像崇拝の祭司たちが、これらの神に犠牲を供える祭壇 5. 偶像崇拝教の神、エルケナ 6. 偶像崇拝教の神、リブナ 7. 偶像崇拝教の神、マーマクラー 8. 偶像崇拝教の神、コラシ 9. 偶像崇拝教の神、パロ 10. エジプトに於けるアブラハム 11. エジプト人が理解したる通りに、天の柱を表さんと企てしもの 12. ラウキーヤング、広がりという意、すなわち吾人の頭上にある天、しかしこの場合は、この題目に関聯してエジプト人はこれを以てシヤウマウすなわちヘブライ語のシヤウマヒームという語に相当する高きこと、すなわち天という意を表したり。

アブラハムの書

  紙葦紙(かみあしがみ)よりジョセフ・スミスの為せる翻訳
 
エジプトの地下納骨堂より出でてわれらの手に入りしある古代記録の翻訳。アブラハム、エジプトに在りし時書きしものにして、アブラハムの書と呼ばる。紙葦紙の上に、アブラハム自ら誌(しる)したるものなり。わが教会の歴史、第二巻(二百三十五頁(ページ)、二百三十六頁)(英文)を見よ。また三百四十八乃至(ないし)三百五十一頁(英文)を見よ。

   第一章

1 カルデヤ人の地に於てわが父の居住せし所にて、われアブラハムはわが別に居住する所を得(う)るの必要なるを知れり。

2 また、わがために更に大いなる幸福(さいわい)と平安と安息とあるを知りたれば、われは先祖の祝福と、この祝福を他に施す職に按手聖任されんことを乞い求めたり。而(しか)して、われは義に随う者なりければ偉大なる知識ある者たらんと望み、義に随う更に大いなる者たらんこと、また更に偉大なる知識を持ち多くの国民の父、平和の君たらんことを望み、また数々の教えを受けんこと、神の誡命(いましめ)を守らんことを望みたれば、われは先祖に属(つ)ける権能を保つ正当の世嗣(よつぎ)、大祭司となりたり。

3 この権能は先祖よりわれに授けられたり。そは先祖より伝えられ、時の始めよりまことに太初(はじめ)よりすなわち創世の前より今日(こんにち)に至るまで伝えられしものなり。こは誠(まこと)に長子の権能にして、最初の人すなわちわれらが最初の父なるアダムに授けられ、先祖を通じてわれに至 る。

4 われは、神が子孫に就きて先祖に与えられし任命に従い、われを神権者に任命したまわんことを乞い求めたり。

5 わが先祖は、彼らの義と主なる彼らの神が与えおかれし数々の聖なる誡命より背き、異教徒の神々を礼拝して全くわが声に聴き従うを拒みたり。

6 彼らの心は悪事に執着し、全くエルケナの神、リブナの神、マーマクラーの神、コラシの神、エジプト王パロの神に向きたり。

7 この故に彼らは異教徒の犠牲(いけにえ)に心を向けて、その物言わぬ偶像に彼らの子供たちを捧げ、わが声に聴き従わずしてエルケナの祭司の手によりわが生命(いのち)を取らんと努めたり、エルケナの祭司はまたパロの祭司なりき。

8 さて当時、これらの奇異なる神々に男女子供らを犠牲として、カルデヤの地に建てたる祭壇上に捧ぐるはエジプトの王なるパロの祭司の慣(ならわし)しなりき。

9 パロの祭司はパロの神に犠牲を捧げ、またジャグリールの神にも犠牲を捧げたり。すなわち、彼はエジプト人の流儀によりてこれを為せり。さて、シャグリールの神は太陽なりき。

10 パロの祭司は、オリシェムの原頭(げんとう)ポテパルと言う丘の側(かたわら)に立てる祭壇の上に、一人の小児(しょうに)を捧げて感謝の犠牲にすらなしたり。

11 さてこの祭司はさきにこの祭壇上にて一時に三人の処女(おとめ)を犠牲にしたりき。この処女たちは、ハムの子孫より生れたる直系王族のすえの一人なるオニタの娘たちなり。この処女たちは、その節操によりて犠牲に供されたり。すなわちかれらは、木石より造りし神々に身を屈めんとせざりしにより、この祭壇上いて殺されたり。殺されしは、エジプト人の流儀によりてなされたり。

12 さて、この祭司らわれに暴力を振いて、この祭壇上にてこれらの処女たちを殺せし如くわれをもまた殺さんとせり。この祭壇に就きて知らんためには、この記録の始めにある絵図を見て覚るべし。

13 祭壇は、カルデヤ人の中にて用いらるる如き寝台の形に似て造られ、エルケナの神、リブナの神、マーマクラーの神、コラシの神またエジプトの王なるパロの神に似たる神の前にありたり。

14 これらの神々に就きて理解するために、冒頭に於ける図型中にそのかたちを示し置けり。かくの如き風の図型を、カルデヤ人はラーリーノスと言う。神聖文字(しんせいもんじ)の意(こころ)なり。

15 祭司たち、われを犠牲に捧げてわが生命を取らんとし、その手をわが上い挙げし時、見よ、われ主なるわが神に声を挙げたるに、主わが声を耳にしてこれを聴きわれを全能の神の示現(じげん)にて満したまい、御前(おんまえ)に在る天使わが側に立ちて直ちにわが束縛を解きたり。

16 而して、神の声われに至れり。アブラハム、アブラハム見よ、わが名はエホバなり。われ汝の祈りを聞きて降り来れるは、汝を救い、また汝を父の家よりすべての親族より離して汝の知らざる他国に連れ行かんためなり。

17 こは、彼らその心をわれよりよそに向けてエルケナの神、リブナの神、マーマクラーの神、コラシの神、エジプトの王なるパロを礼拝すればなり。この故に、われの降り来りしは、彼らの罪を報い、わが子アブラハムよ、汝の生命を取らんとしてその手を汝に向けて挙げたる者を亡ぼさんためなり。

18 見よ、われ、わが手をもて汝を導かん。われ汝をとりて、汝にわが名、すなわち汝の父の神権を被(こうむ)らしむべし。さらば、わが力汝を覆いてあらん。

19 ノアにありし如く、汝にもまた然(しか)あらん。されど汝が導きと教えを施す業によりて、わが名はとこしえにこの世に知らるべし。われは汝の神なればなり。

20 見よ、ポテパルの丘はカルデヤのウルの地にありき。主、エルケナの祭司土地の神々の祭壇を潰し、ことごとくこれらを亡ぼしてその祭司を打ちたまいしかば彼死せり。カルデヤに、またパロの宮廷に大いなる嘆きありき。このパロとは、王族の血統による王の意なり。

21 さてこのエジプトの王は、ハムの子孫より生れしすえにして、素性によればカナン人(びと)の血統を引きたる者なり。

22 この子孫より、すべてのエジプト人出でたり。されば、カナン人の血統はこの地に保存せられたり。

23 エジプトの地始めて一人の女によりて発見せられしがこの女はハムの娘にしてエジプタスの娘なりき。エジプタスとは、カルデヤ語にてエジプトを表し、これはまた禁ぜられしものなる意なり。

24 この女がエジプトの地を発見せし時、そは水の下にありたれど、後にこの女はその息子らをこの地に定住せしめたり。かくて、咀いをその地に留めたるかの種族はハムより出で来りたり。

25 さてエジプトの最初の政府は、ハムの娘なるエジプタスの長男パロによりて樹(た)てられ、そはハムの政府の慣(ならわ)しによりて族長政治なりき。

26 パロは義人なりければ、その王国を打ち建てて、生涯その民を賢明且つ公平に審き、最初の世代、すなわち最初の族長統治の時代に於ける先祖によりて樹てられたる制度にならわんことを熱心に努めたり。その制度とは、アダムの統治およびノアの統治の時代に於けるものにして、ノアは彼の先祖にして彼を地の祝福と智恵の祝福とをもて祝したれど、神権に就つきては彼を咀いた
り。

27 さてパロは神権の権能を受くる能(あた)わざる血統なりしが、然もなおパロの一族はハムによりてノアよりその権能を受けたるふりをせり。この故に、わが父は彼らの偶像礼拝に誤られたり。

28 されど、われは今後われ自らよりさかのぼりて創世の前に至る年代記を描(えが)かんと努むべし。そはわれがその記録を手に入れし故にして、今に至るまでこれを所有せり。

29 さて、エルケナの祭司打たれて死せる後、その地に飢饉あるべしとカルデヤの地に就きてわれに語られし事など成就せられたり。

30 よりて、飢饉カルデヤの地にすべて遍(あまね)くして、わが父この飢饉によりて痛く苦しみ、わが生命を取らんとしわれに対して心に決めたる悪事を悔いたり。

31 されど、神権の権能に関する先祖すなわち族長らの記録は、主なるわが神わが手の中に守り置きたまいぬ。この故に創造の始まりの知識も、また諸々の遊星、諸々の星の知識もこれらが先祖に知られたるままわれ今日まで守り来れり。されば、わが後に来るべき子孫のため、この記録にある若干かのことを努めてここに誌すべし。 "
(「教義と聖約 高價なる眞珠」 佐藤龍猪 訳 1957年初版より引用)


モルモンカテゴリー記事

偽りのかなめ石 偽書であるモルモン書 1

偽りのかなめ石 偽書であるモルモン書 2

聖書を改変するモルモン教

有名なモルモン書のあり得ない箇所と言い訳

白い肌と黒い肌

金版、真鍮版

金の板に文字が書かれていれば利用しようとする

モルモンに対して

Joseph Smith, Jr., as a translator : reprint of an inquiry conducted  pp.23-31

モルモン教義と黒人


スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

athanasius

Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

 Yahoo!ブログからの引っ越し記事内のURLはリンク切れをしているものがあります(気が付いたらものからインターネットアーカイブに保存されているのならウェイバックマシンURLなどに修正などしております)。


 役立った、良かったなどありましたら拍手ボタンを押していただけると嬉しい限りです。


​一応、特に聖書の引用表記のないものにつきましては、著作権の保護期間を過ぎている日本聖書協会の「口語訳聖書」(1​955​年版の旧約聖書、19​54年版の新約聖書)を使用させていただいています。後の改定された口語訳聖書と違い、一般に差別用語や不快語とされていしまった言葉がそのままですのでご注意ください。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク