fc2ブログ

始まりの日に立ち帰れ

Yahoo!ブログに2012/6/13(水) 午前 0:31にアップした記事

 繁栄の神学に立つ一部の米国型福音派やペンテコスタルな教会を見て行くと、仮にもプロテスタントを僭称しているのならその始まりに立ち返るべきだと思います。
 
 ルターがその95箇条の提題を、1517年10月31日にウィッテンベルクの城教会の門に貼り出して、提題に掲げられた諸問題について論じ合うことを求めたその内容を思い起こすべきです。

95箇条の提題


 提題には『27 箱の中へ投げ入れられた金がチャリンと鳴るや否や、魂が煉獄から飛び上がると言う人たちは、人間を宣べ伝えているのである。 28 金が箱の中でチャリンと鳴ると、確かに利得と貪欲とは増すことになる。しかし、教会のなすところはただ神の御心にのみかかっている。』と、ローマの聖ペトロ大聖堂建設資金を集めるためと、芸術の愛好家であり派手好きな生活を好む教皇ユリウス二世の散財による教会の財政難を解決するためになされた贖宥券の販売と、当時のドミニコ会士ヨハネ・テッツェルに見られる贖宥券の販売の呼び込み説教に関する批判がなされていますが、この言葉はそのまま繁栄の神学と什分の一献金を強調する輩に当てはまることでしょう。

ドミニコ会士ヨハネ・テッツェル


 現在、一部の福音派と多くのペンテコスタルは、宗教改革の精神性から大きく外れ、天国販売をしています。「地獄の沙汰も金次第」を地で行くようなその姿勢は問題があります。

贖宥状販売

 
 お金と救いが一つの秤にかけられて、多く献げる者に救いと祝福が、少なく献げる者には不信仰者のレッテルと神の呪いが。これでは当時の贖宥券に関するマインツの大司教アルブレヒトの発した贖宥券販売に関する寄付額についての司令で述べられている、階級別の割合表に書かれた割合よりあくどいものがあります。その割合表では、『王とその家族、司教などは25ライン金貨、修道院長、伯爵、男爵などは10、それ以下の貴族、聖職者、その他、収入500の者は6ギルダー、自分の収入を持つ市民は1ギルダー、それ以下の者は1/2、何も持たぬ者は、「天国は富める者に対すると同じく貧しい者にも開放されているべきであるから」祈りと断食とをもって寄付に代えるものとする。』(『キリスト教文書資料集』ヘンリー・ベッテンソン編より)とあります。これに比べて繁栄の神学や什分の一献金を強調する輩の何と強欲なことかと思います。
 
 今こそ立ち返り、現代のユリウス二世やテッツェルを捨て去るべきです。もともとプロテスタンティズムが否定したその道を離れるべきです。

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

athanasius

Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

 Yahoo!ブログからの引っ越し記事内のURLはリンク切れをしているものがあります(気が付いたらものからインターネットアーカイブに保存されているのならウェイバックマシンURLなどに修正などしております)。


 役立った、良かったなどありましたら拍手ボタンを押していただけると嬉しい限りです。


​一応、特に聖書の引用表記のないものにつきましては、著作権の保護期間を過ぎている日本聖書協会の「口語訳聖書」(1​955​年版の旧約聖書、19​54年版の新約聖書)を使用させていただいています。後の改定された口語訳聖書と違い、一般に差別用語や不快語とされていしまった言葉がそのままですのでご注意ください。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク