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新共同訳聖書の詩編139編11節の訳文についてちょっと思ったこと

 キリスト新聞の「【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】 読んではいけない小説はある? 平山正実」という記事を見ていたところ、新共同訳聖書から詩編139編11節の「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す」という言葉が引用されていました。そんな言葉もあったんだ~と思い新共同訳を開いて見てみて、新共同訳も何回も通読はしているのだけれどもこの言葉は記憶になかったので気になりました。いつも家で使っている口語訳で見てみたら訳が全く違っていて、あれっ? と思い他の訳も見比べて見ますと、こういう訳になっているのは、パイロット版である「詩編(抜粋) 共同訳」(1983年)と新共同訳聖書だけでした。

 共同訳と新共同訳から、その箇所を前後も合わせて見てみましょう。


共同訳 詩編(抜粋)
7 どこに行けば/あなたの霊から離れることができよう。/どこに逃れれば/御顔を避けることができよう。
8 天に登ろうとも/あなたはそこにいまし/陰府に身を横たえようとも/見よ、あなたはそこにいます。
9 曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも/あなたはそこにもいまし
10 御手をもってわたしを導き/右の手をもってわたしをとらえてくださる。
11 わたしは言う。/「闇の中でも主はわたしを見ておられる。/夜も光がわたしを照らし出す。」
12 まことに、闇もあなたにとっては闇ではなく/夜は昼のように光を放ち/闇も、光も、変わるところがない。


新共同訳
7 どこに行けば/あなたの霊から離れることができよう。どこに逃れれば、御顔を避けることができよう。
8 天に登ろうとも、あなたはそこにいまし/陰府に身を横たえようとも/見よ、あなたはそこにいます。
9 曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも
10 あなたはそこにもいまし/御手をもってわたしを導き/右の御手をもってわたしをとらえてくださる。
11 わたしは言う。「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」
12 闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を放ち/闇も、光も、変わるところがない。


 神は私たちがどのような場所、状況にあっても何の障害も無く、共にいまして、見守り、御手をもって助けて下さる方への信頼が歌われていて、個人的にはニュッサのグレゴリウスの著書「モーセの生涯」とそこで根拠として引用されている出エジプト記の20章21節と詩編18章12節。そして、ヨブ記3章が想起されますが、共同訳と新共同訳は11の訳文で原文から離れて意訳していて、この訳文ではこれらの言葉は思い出されないな~と思いました。

 原文では

wā·’ō·mar (And if I say そして私が言うなら) ’aḵ- (surely きっと) ḥō·šeḵ (the darkness 闇) yə·šū·p̄ê·nî (shall fall on me 私に襲いかかります) wə·lay·lāh, (and Even the night そして夜さえ) ’ō·wr (shall be light 光です) ba·‘ă·ḏê·nî (about me 私について)
(Bible Hub の Interlinearより。 英文の日本語訳はWeblio 翻訳、Google翻訳使用)

となっており、共同訳と新共同訳以外は原文通りの訳になっています(尾山令仁氏の「現代訳」と「創造主訳」は最初から見ていません)。以下に引用します。


明治元訳
7 我いづこにゆきてなんぢの聖霊をはなれんや われいづこに往(ゆき)てなんぢの前をのがれんや
8 われ天にのぼるとも汝かしこにいまし われわが榻(とこ)を陰府にまうくるとも 觀(み)よなんぢ彼處(かしこ)にいます
9 我あけぼのの翼をかりて海のはてにすむとも
10 かしこにて尚なんぢの手われをみちびき汝のみぎの手われをたもちたまはん
11 暗(くらき)はかならす我をおほひ 我をかこめる光は夜(よ)とならんと我いふとも
12 汝のみまへには暗(くらき)ものをかくすことなく 夜(よる)もひるのごとくに輝けり なんぢにはくらきも光もことなることなし


口語訳
7 わたしはどこへ行って、/あなたのみたまを離れましょうか。/わたしはどこへ行って、/あなたのみ前をのがれましょうか。
8 わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。/わたしが陰府に床を設けても、/あなたはそこにおられます。
9 わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも、
10 あなたのみ手はその所でわたしを導き、/あなたの右のみ手はわたしをささえられます。
11 「やみはわたしをおおい、/わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、
12 あなたには、やみも暗くはなく、/夜も昼のように輝きます。/あなたには、やみも光も異なることはありません。


聖書協会共同訳
7 どこに行けば、あなたの霊から離れられよう。/どこに逃れれば、御顔を避けられよう。
8 天に登ろうとも、あなたはそこにおられ/陰府に身を横たえようとも/あなたはそこにおられます。
9 暁の翼を駆って、海のかなたに住もうとも
10 そこでも、あなたの手は私を導き/右の手は私を離さない。
11 「闇は私を覆い隠せ。/私を囲む光は夜になれ」と言っても
12 闇もあなたには闇とはならず/夜も昼のように光り輝く。/闇も光も変わるところがない。


新改訳(第一版、第二版、第三版)
7 私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。/私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。
8 たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、/私がよみに床を設けても、/そこにあなたはおられます。
9 私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、
10 そこでも、あなたの御手が私を導き、/あなたの右の手が私を捕えます。
11 たとい私が/「おお、やみよ。私をおおえ。/私の回りの光よ。夜となれ。」と言っても、
12 あなたにとっては、やみも暗くなく/夜は昼のように明るいのです。/暗やみも光も同じことです。


新改訳2017
7 私はどこへ行けるでしょう。/あなたの御霊から離れて/どこへ逃れられるでしょう。/あなたの御前を離れて。
8 たとえ、私が天に上っても/そこにあなたはおられ/私がよみに床を設けても/そこにあなたはおられます。
9 私が暁の翼を駆って/海の果てに住んでも
10 そこでも あなたの御手が私を導き/あなたの右の手が私を捕らえます。
11 たとえ私が 「おお、闇よ 私をおおえ。/私の周りの光よ 夜となれ」 と言っても
12 あなたにとっては 闇も暗くなく/夜は昼のように明るいのです。/暗闇も光も同じことです。


舊約聖書 ウルガタ全譯 第三巻 光明社譯 (第138編(第139編)) 旧テキストからの訳
7 我汝の御霊を離れて、何処にか行くべき。また汝の御面前(みおもてまえ)より、何処にか逃ぐるべき。
8 我天に昇るとも、汝彼処(かしこ)に在(ましま)し、我冥府(よみ)に下るとも、汝そこに在(ましま)す。
9 我黎明(あけぼの)に翼を借りて、海の涯(はて)に住むとも、
10 彼処にてさえ、汝の御手我を導き、汝の御(おん)右手我を保たん。
11 また我は云いぬ、「或は我を蔽(おお)い、夜はわが喜悦(よろこび)によりてわが光とならん。」と。
12 されど闇すら汝には暗からずして、夜も汝には昼の如く明るからん。その闇の如く、その光も然り。


舊約聖書 ウルガタ全譯 第三巻 光明社譯 (第138編(第139編)) 新テキストからの訳
7 我汝の御霊を離れんとて何処にか行くべき、汝の御面(みかお)を避けんとて何処にか逃ぐべき。
8 我天に上るとも汝彼処(かしこ)に在(いま)し、我冥府(よみ)に臥すとも、汝其処(そこ)に在(いま)す。
9 我黎明(あけぼの)の翼を借るとも、海の涯(はて)に住むとも、
10 彼処にてさえ汝の御手我を導き、汝の御(おん)右手我を保たん。
11 「せめては暗黒(くらやみ)我を蔽(おお)い、夜光の如く我を囲むべし。」と我云うとも、
12 暗黒(くらやみ)すら汝には暗からずして、夜も昼の如く明るからん、汝には闇も光の如し。


バルバロ訳 「詩篇」(139(138)) 1959年 ドン・ボスコ社
7 あなたの霊を、遠くはなれられようか?/御顔から、どこに逃げられようか?
8 天にかけ上っても、あなたはそこにおられ、/冥土を床にしても、あなたはおられる。
9 私が、暁のつばさを駆って、/海のはてに住もうとしても、
10 そこでも、御手は私におかれ、/御(おん)右は、私をとらえる。
11 "闇が私をおおえ、/私を囲む光が夜となれ" といっても、
12 闇さえも、あなたには、暗くなく、/夜は、ひるのように輝く。


バルバロ訳聖書1980年講談社版(138編(137))
7 主の霊を遠く離れられようか。/み顔からどこに逃げられようか。
8 天にかけ上っても、主はそこにおられ、/黄泉を床にしても、主はおられる。
9 私が暁の翼を駆って、/海のはてに住もうとも、
10 御(おん)手は私に置かれ、/御(おん)右は私をとらえる。
11 「やみよ私をおおえ、/私を囲む光が夜となれ」と言っても、
12 やみさえも、あなたには暗くなく、/夜は昼のように輝く。


フランシスコ会訳2011年合本版、フランシスコ会訳2013Web
7 どこへ行ったら、あなたの霊か ら離れられようか。/どこへ行ったら、あなたの前から逃れられようか。
8 わたしが天に昇っても、あなた はそこにおられ、/陰府に横たわっても、あなたはそこにおられる。
9 わたしが曙の空に翼を駆って も、/西の果ての海に住みつこうとも、
10 あなたの手はわたしを導き、/あなたの右手はわたしを離さない。
11 「闇はわたしを覆い、/わたしを囲む光は夜となれ」/とわたしが言ったとしても、
12 あなたには、闇さえも暗くはな く、/夜も昼のように明るく、/闇も光と変わるところがない。


関根正雄訳(岩波文庫版) 138
7 わたしは何処へ行ったらあなたのみ霊を離れ、/何処に逃げたらあなたのみ前を離れられるのか。
8 わたしが天に昇ってもあなたはそこに在し、/陰府にわが床を設けても、見よ、あなたは居られる。
9 わたしが曙の翼を借りて昇り/海の果てに降り見ても
10 あなたのみ手はそこでわたしをつかまえ、/右のみ手はわたしを捕えるであろう。
11 暗闇だけがわたしを囲み/わがまわりの光が夜になれとわたしが言っても
12 あなたのみ前には暗闇も暗闇ではなく、夜も昼のように明るい。


岩波書店旧約聖書翻訳委員会訳 2005年
7 どこに行きましょう、あなたの霊を離れて/あなたの顔を離れて、どこに私は逃げましょう。
8 たとえ天に私が上っても、そこにあなた〔がいまし〕、/冥界(よみ)に床を伸べても、あなたがいます。
9 曙光(あけぼの)の翼を挙げても、/海の果てに住まっても、
10 そこでも、あなたの手が私を導き、/あなたの右手が私をとらえるのです。
11 私は言った、「だが闇は、私を覆い隠してくれ、/夜は光を〔覆い隠してくれ〕、私のために」と。
12 〔しかし〕闇もあなたには暗くなく、/夜も昼のように輝く。/―暗闇も〔あなたには〕光明と同じ―


リビングバイブル 1982年、1993年改訂版
7 神様の視界から逃れることは決してできません。 身を隠すことも、不可能です。
8 たとい天までのぼろうと、神様はそこにおられ、死の世界まで降りて行こうと、神様はそこで待っておられるのです。
9 たとい朝風に乗り、地球の果てまで飛んで行こうと、
10 神様の力強い腕は、私を導き、支えてくださいます。
11 もし暗やみにまぎれ込もうとしたりすると、夜はさっと私を照らし出す光となるのです。
12 神様の目をさえぎるのに、暗やみは、何の役にも立ちません。 神様のためなら、夜も昼のように輝くのですから。


リビングバイブル2016Web(Bible Gateway)
7 あなたの視界から逃れることは決してできません。/身を隠すことも不可能です。
8 天まで昇ろうと、あなたはそこにおられ、/死者の世界まで降りて行っても、/あなたはそこで待っておられるのです。
9 朝風に乗って、地の果てまで飛んで行っても、
10 あなたの力強い腕は、私を導き、支えてくださいます。
11 私が暗闇にまぎれ込もうとしても、/夜は私を照らし出す光となるのです。
12 暗闇も、神から隠れることはできません。/神から見れば、暗闇も光も同じようなものなのです。


新世界訳(1985年日本語版)
7 わたしはあなたの霊のもとからどこへ行くことができるでしょうか。/あなたのみ顔のもとからどこへ走り去ることができるでしょうか。
8 たとえわたしが天に上ろうとも,あなたはそこにおられます。/たとえわたしがシェオルに寝いすを設けようとも,ご覧ください,あなたは[そこにおられるのです]。
9 わたしが夜明けの翼を取って,/最果ての海に住もうとしても,
10 そこでもまた,あなたのみ手がわたしを導き,/あなたの右手がわたしを捕らえることでしょう。
11 また,わたしが,「闇ならきっと素早くわたしをつかまえてくれるだろう」と言うなら,/そのときには夜がわたしの周りで光となることでしょう。
12 闇でさえ,あなたにとって暗すぎることはなく,/夜といえども,昼と同じように輝くのです。/闇も光と変わるところがありません。


 詩編139編11節を共同訳と新共同訳はどうしてこう訳したのかな?と気になったのですが、「新共同訳 旧約聖書略解」(日本基督教団出版局)を見ても

"11 詩人の告白。«闇»夜、また、苦難の時。«光» ヤハウェの恵み深い配慮。"
(「新共同訳 旧約聖書 略解」 日本基督教団出版局 p.665)

としか書いておらず、どうしてこう訳したのかは分かりませんでした(日本基督教団出版局の新共同訳の注解書の方には記載があるのかもしれませんが持っていないので分かりません)。ネットで検索などすると、いくつかの教会のホームページや個人のブログなどを見てみますと、無批判にこの意訳の訳文を引用して話やメッセージなどが書かれていました。なんとなく、原文とまったく違うのに、原文に無い言葉なのに、それでメッセージをつくってもいいのかな? 書くに当たって他の訳と比べて見ないのかな? とも思いました。

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Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

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