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佐藤龍猪訳「モルモン経」の四つの装丁による改訂箇所の続き


 前回の記事「佐藤龍猪訳「モルモン経」の「ごらん」の訳語と改訂箇所」では、昭和版である佐藤龍猪訳「モルモン経」の装丁によって改訂箇所があり、その中から三カ所の改訂箇所を紹介しましたが、今回は残りの四か所を取り上げたいと思います(細かく調べるともっとあるかもしれません)。

モルモン経明治訳・昭和佐藤龍猪訳、平成訳、平成訳改訂版



モーサヤ3:5

第一装丁版、第二装丁版
現在この世を治めたまい、また無限の過去から無限の将来に亘ってまします全能の主が勢い強く天から人間に降臨して土から成る身体に宿りたまい、・・・

第三装丁版、第四装丁版
現在この世を治めたまい、また無限の過去から無限の将来に亘ってまします全能の主が権能をもって天から人間に降臨して土から成る身体に宿りたまい、・・・

 「全能の主が勢い強く天から人間に降臨」したと能動的なのが、「全能の主が権能をもって天から人間に降臨」したと修正されました。明治訳は第一装丁版、第二装丁版と同じ。平成訳は「全能の主が、力をもって天から」と原文の「that with power,」の字義訳な感じです。


アルマ40:11

第一装丁版、第二装丁版
・・・この死ななくてはならぬ肉体を離れるとその霊に生命(いのち)を与えたもうた神が備えたもうたところへ帰るのである。これは天使が私にお示しになった。

第三装丁版、第四装丁版
・・・この死ななくてはならぬ肉体を離れるとその霊に生命(いのち)を与えたもうた神のところへ帰るのである。これは天使が私にお示しになった。

 明治訳も第一装丁版、第二装丁版と同じ。平成訳は第三装丁版、第四装丁版と同じ。


ニーファイ第三11:36

第一装丁版
・・・御父とわれと聖霊とは一つの神会を成す故なり。

第二装丁版、第三装丁版、第四装丁版
・・・御父とわれと聖霊とは一つなればなり。

 明治訳も平成訳も第二装丁版以降と同じ。

原文は「for the Father, and I, and the Holy Ghost are one.」で1823年の手書き原稿、1830年初版(パルマイラ)、1920年改訂版、1981年改訂版、2013年改訂版も同じ。

The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1963年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)
The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1961年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)


モルモン書,1823年 p382 手書き原稿 ニーファイ第3 11:36
モルモン書,1829年印刷業者原稿 p382


モルモン書,1830年 p479 ニーファイ第3 11:36
モルモン書,1830年 p479


モルモン書,1920年 ニーファイ第3 11:36
モルモン書,1920年


モルモン書,2013年PDF ニーファイ第3 11:36+欄外注
モルモン書,2013年(1981年改訂版も同じ)


モルモン書,2013年 ニーファイ第3 11:36+欄外注
モルモン書,2013年 公式サイト


 英語版は本も公式サイトのものも共に「one」のところに付された注があり、欄外注を見ますと、印刷版は「b TG Godhead; Unity」、サイト版は画像のようになっています。日本語訳には36節に欄外注はありません。英文のTopical Guideは日本語訳だとモルモン書の巻末にある「聖句ガイド」で、そこの「神:神会」の項目を見よということです。

 しかし、第二装丁版、第三装丁版、第四装丁版もニーファイ第三28:10などでは、「・・・われと御父(おんちち)とは一つの神会を成す。」(「and the Father and I are one;」、明治訳は「一つ」)と訳していますし、ニーファイ第二31:21などでも「・・これはまことに、キリストの教えであって永遠に一つの神会(しんかい)を成す天の御父(おんちち)と御子(おんこ)と聖霊の唯(ただ)一つの真正な教えである。 アーメン。」(「・・・ this is the doctrine of Christ, and the only and true doctrine of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost, which is one God, without end. Amen.」、明治訳も「神會」)としているのに、どうしてこちらはわざわざ「一つ」に修正したのかちょっと疑問。


イテル2:8(平成訳では「イテル書」の書名は「エテル書」に変更)

第一装丁版、第二装丁版
・・・主は断乎としてジェレトの兄弟に誓いたもうた。

第三装丁版、第四装丁版
・・・主は断乎としてジェレドの兄弟に誓いたもうた。

 第一装丁版、第二装丁版はイテル書の他の個所では「ジェレド」となっているので、単なる誤字脱字・誤植の類。


イテル12:6

第一装丁版、第二装丁版
・・・信仰の度(ど)を試してからでないと目で見るような証明が得られないからである。

第三装丁版、第四装丁版
・・・信仰の度(ど)を試してからでないと証が得られないからである。

 明治訳は第一装丁版、第二装丁版と同じ、平成訳は第三装丁版、第四装丁版と同じ。

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