fc2ブログ

ルカ16:19 金持ちの名前


 新約聖書のギリシヤ語パピルス写本を調べようと思っても、ネストレ版の批判的校訂本を見ることのほかには、ネットなんかで外国の専門家による論文か、Wikipediaの限られたあまり当てにはできない情報か、インターネットアーカイブに公開されている昔のファクシミリ版(バチカン写本やシナイ写本、アレクサンドリア写本などの大文字写本)とか、バチカン図書館・他などでデジタル公開されている写本画像にあたるくらいが一般の一信徒としてはそれくらいでしょうか。

 「The Text of the Earliest New Testament Greek Manuscripts」という二巻本が何年か前にでました。VOLUME1 にはPapyri 1-72までが収録され、VOLUME2 にはPapyri 75-139 and Uncialsが収録されて、ファクシミリ版ではなくテキスト化(小文字を使って単語ごとに間隔も開けて分かりやすくしている。気息記号やアクセント記号などはない。改行は写本のまま)されているのでとても便利です。

「The Text of the Earliest New Testament Greek Manuscripts VOLUME 1 , VOLUME 2」 Philip Wesley Comfort, David P. Barrett 編著 Kregel Academic Professional


 そのなかで、さて、何か分かりやすい違いのところはないものかと、メッガー著「新約聖書の本文研究」を開き、その『第2章 新約聖書の主要な証言』のⅠの『1 新約聖書の主要なギリシア語パピルス』から、最古の福音書のパピルス写本である𝔓75のところで出てくるルカ福音書のラザロと金持ちの話しの異読(ルカ16:19)は面白そうだなと思って、VOLUME2の𝔓75をちょっと見てみました。

 どのような異読かと言えば、ラザロと金持ちの話しの中に出てくる名無しの金持ちに、彼には名前があったということです。別に名前があろうがなかろうが話しには何の影響もないのですが、片方の人物には名前があって、もう一人の人物には名前が無いことが昔の人たちももやもやしたのかもしれません。

 まず𝔓75の写本画像(バチカン図書館で公開している画像)を見てみましょう。赤線の引いてある言葉が追加された言葉です。

P75 ルカ16:19


 これを大文字で書き起こすと(画像は18節の終わり部分も入っているので、一応19節の始まりに節番号を入れました)

ΜΟΙΧΕΥΕΙ:  19 ΑΝΘΡΩΠΟϹΔΕΤΙϹΗΝ
ΠΛΟΥϹΙΟϹΟΝΟΜΑΤΙΝΕΥΗϹΚΑΙΕΝΕΔΙ
ΔΥϹΚΕΤΟΠΟΡΦΥΡΑΝΚΑΙΒΥϹϹΟΝΕΥ
ΦΡΑΙΝΟΜΕΝΟϹΚΑΘΗΜΕΡΑΝΛΑΜΠΡΩϹ

 さらに小文字も使って分かりやすくすると

μοιχεύει.  19 Ἄνθρωπος δέ τις ἦν
πλούσιος ὀνόματι Νεύης , καὶ ἐνεδι-
δύσκετο πορφύραν καὶ βύσσον εὐ-
φραινόμενος καθ’ ἡμέραν λαμπρῶς.

となります。

ὀνόματι Νεύης (オノマティ ネウェス)という言葉が追加されています(画像の赤線の個所)。

 全体としては、「ある金持ちがいた。ネウェスという名で、彼は紫の柔らかい麻布を着ていて、毎日華やかに楽しんでいた。」とでもなるのかな。名前があるとより物語ぽくなりますね。

 ネストレの異読もネストレ新版、25版、24版以前と3つに分かれます。まず見てみましょう。

ネストレ26版、27版、28版
ονοματι Νευης 𝔓75 (sa) ¦ Finees Prissc

ネストレ25版
ονοματι Νευης 𝔓75. : cui nomen Nineus sa : Finees Prissc

ネストレ18版、22版、24版
cui nomen Nineus sa : Finees Prissc

 ネストレは25版から𝔓75の写本が参照されています。24版以前はコプト語サヒド方言訳をラテン語訳したものを掲載し、コプト語サヒド方言訳を表すsaをつけています。もう一つが南スペインのプリスキリアヌス(平信徒であったがマニ教を広め、キリスト教の歴史上初めて異端として処刑された人物)を表す略号Prisscで、プリスキリアヌスの残した文書では、この金持ちの名はフィネスとなっていることが出ています。ネストレの新版(26版以降)ではコプト語サヒド方言訳のラテン語訳はなくなりました。サヒド方言訳も見てみましょう。

コプト語サヒド方言訳 ルカ16:19

19 ⲛⲉⲩⲛⲟⲩⲣⲱⲙⲉ ⲇⲉ ⲣ̅ⲣⲙ̅ⲙⲁⲟ ⲉⲡⲉϥⲣⲁⲛ ⲡⲉ ⲛⲓⲛⲉⲩⲏ ⲉϣⲁϥϯ ϩⲓⲱⲱϥ ⲛ̅ⲟⲩϫⲏϭⲉ ⲛⲙ̅ⲟⲩϣⲛ̅ⲥ ⲉϥⲉⲩⲫⲣⲁⲛⲉ ⲙ̅ⲙⲏⲛⲉ ⲕⲁⲗⲱⲥ.

 コプト語サヒド方言訳では ⲉⲡⲉϥⲣⲁⲛ ⲡⲉ ⲛⲓⲛⲉⲩⲏ と名前が「ニネウェ」となっています。メッガーなどを読むと、こちらが元の形で𝔓75は重字脱落(重ねて書くべき文字や文字群を脱落させること)して、本来ニネウェスとなるところをネウェスとしてしまったとしています。

 同じコプト語訳でもボハイル方言訳では金持ちに名前はありませんでした。

 たった一つの異読でも気になって見てみると、ネストレ校訂本の異読の進化なども見ることが出来ますし、コプト語訳の違いなども知れて面白いと思います。



スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

athanasius

Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

 Yahoo!ブログからの引っ越し記事内のURLはリンク切れをしているものがあります(気が付いたらものからインターネットアーカイブに保存されているのならウェイバックマシンURLなどに修正などしております)。


 役立った、良かったなどありましたら拍手ボタンを押していただけると嬉しい限りです。


​一応、特に聖書の引用表記のないものにつきましては、著作権の保護期間を過ぎている日本聖書協会の「口語訳聖書」(1​955​年版の旧約聖書、19​54年版の新約聖書)を使用させていただいています。後の改定された口語訳聖書と違い、一般に差別用語や不快語とされていしまった言葉がそのままですのでご注意ください。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク