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ルカ福音書23章34節の後代の挿入句


 全回の記事「ヘブライ2章9節の異読について」に引き続いて、「捏造された聖書」 (バート・D・アーマン著 松田和也訳 柏書房 2006年初版)からルカ福音書23章34節に見られるイエスの言葉

そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。(口語訳)

について見て行きたいと思います。


 アーマンの本を読み返していて、この異読もあったなと思い出し、昔、ネストレ校訂本を見て調べたことを思い出しました。そして改めてネストレ版を開き、アパラトゥスを見、W・カウパーのアレクサンドリア写本のファクシミリ版、ティッシェンドルフのバチカン写本のファクシミリ版、初期の新約聖書ギリシャ語写本のテキスト第二巻から𝔓75を確認しました。その後に、写本のPDFやWeb公開されているデジタル写真画像を手元にあるファクシミリ版片手に確認しました。

バチカン写本、アレクサンドリア写本、パピルス写本、ファクシミリ


 日本語訳の聖書を見ると、『そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」』という後代の挿入句を取り除いているもの。この挿入句を本文に訳出しているものの欄外の註にて説明しているもの。挿入句を本文に訳出しているが丸括弧、亀甲括弧、角括弧などを付けているもの(凡例のあるものは、凡例で後代の挿入句であることを示している)。この挿入句を本文と区別もしていないもの。と、おおよそ四つに区分できます。それは以下のようになります。

●挿入句を省いているもの

 田川訳のみ

"34 そして彼の衣を分け、籤を引いた。"



●この挿入句を本文に訳出しているものの欄外の註にて説明しているもの。

 新改訳(第一版)1970年、新改訳(第二版)1978年、新改訳(第三版)2004年、新改訳2017、岩波書店新約聖書翻訳委員会訳2004年新約

新改訳(第一版、第二版、第三版)
34 *そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。
34* 異本に「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ。・・・・・自分でわからないのです。』」を欠くものがある

新改訳2017
34 *そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。
34* 多くの有力な写本は「いないのです。」までを欠いている。

岩波書店新約聖書翻訳委員会訳2004年
34 〖するとイエスは言うのであった、「父よ、彼らを赦して下さい。彼らは自分が何をしているか、わかっていないからです¹」。〗また彼らは、彼の衣服を分けようとして、くじを引い た。
¹ この句は有名ではあるが、元来のルカの本文には欠けていたものと思われる。
定本の解釈に従う。

 このタイプの英訳も載せておきます。

Revised Version (RV)
34 ³And Jesus said, Father, forgive them; for they know not what they do. And parting his garments among them, they cast lots.
³ Some ancient authorities omit And Jesus said, Father, forgive them; for they know not what they do.


Revised Standard Version (RSV)
34 And Jesus said, “Father, forgive them; for they know not what they do.”ⁿ And they cast lots to divide his garments.
ⁿ Other ancient authorities omit the sentence And Jesus ・・・ they do


New International Version (NIV 2011) (Bible Gateway)
34 Jesus said, “Father, forgive them, for they do not know what they are doing.”[c] And they divided up his clothes by casting lots.
c. Luke 23:34 Some early manuscripts do not have this sentence.


New King James Version (NKJV 1982) (Bible Gateway)
34 [h]Then Jesus said, “Father, forgive them, for they do not know what they do.”
h. Luke 23:34 NU brackets the first sentence as a later addition.



●挿入句を本文に訳出しているが丸括弧、亀甲括弧、角括弧などを付けているもの

共同訳聖書ルカスによる福音(1975年) ルカ23:34
〔そのときイエススは言った。「お父様、彼らをゆるしてやってください。何をしているのか知らないのです。」〕 人々はくじを引いて、イエスの服を分けた。

・括弧の意味について説明のないもの

 共同訳聖書ルカスによる福音(1975年) 、共同訳(1978年)、新翻訳事業パイロット版ルカ2016年、国際ギデオン協会New Bible(泉田昭訳)2004年

"底本に従わなかった点。
・・・
2 底本の( )と[ ]の表示は省略し、〚 〛は〔 〕にした。"
(共同訳(1978年)の凡例)


・凡例などで括弧の意味を書いてあるもの

 新共同訳1987年、聖書協会共同訳(2018)

"(6) 〔  〕
 新約聖書においては、後代の加筆と見られているが年代的に古く重要である箇所を示す。・・・ “
(新共同訳の凡例)

"(4) 〔  〕
 新約聖書においては、後代の加筆と見られているが年代的に古く重要である箇所を示す。・・・ "
(聖書協会共同訳(2018)の凡例)



●この挿入句を本文と区別もしていないもの

大正改訳、口語訳、フランシスコ会聖書研究所訳(「四福音書」1977年、中型新約1979年、小型新約1980年、小型新約1984年改訂版、旧・新約2011年)、バルバロ訳(ドン・ボスコ社新約1957年 、講談社旧・新約1980年、講談社新約1981年)、リビング・バイブル(旧新約1982年版、新約1993年改訂版、2011年改訂版)、岩隈直訳 福音書1998年、前田護郎訳1978年、塚本虎二訳1963年

口語訳 ルカ23:34
そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。


 日本語訳は伝統的な正統主流派で使われている新共同訳や聖書協会共同訳、福音派や聖霊派などで使われている新改訳共に、括弧や欄外注で後代の挿入句であることを示しています。しかし、聖書協会の聖書みたいに括弧で示すだけで、果たして読んでいるキリスト教徒がこの個所が挿入句であると気が付くかと言えば甚だ疑問です(共同訳(1978年)の凡例はひどい。底本のUBS 3版の二重の角括弧の意味が分からなければ全く理解できない仕様になっている。)。長く教会員として奉仕などもされている方が、何十回も何百回も聖書を通読していても、凡例があることを知らない。気にしたことが無いという人がとても多いと感じます。新改訳みたいに当該箇所の欄外注に書いていれば、それに気が付くこともあると思いますが、括弧つけただけではねぇ。毎度の聖書協会の独りよがりというやつです。せっかく聖書協会共同訳で引照と注を標準装備したのだから、そこに書きゃあいいじゃねぇかと思いますが、そうはしない不親切商品です。

 そして、括弧も注もなしで、そのまんま本文にしている聖書の多いこと。しかし、これらの訳も底本見れば、そこにはちゃんと挿入句であることが本文に記号(二重角括弧)で示され、アパラトゥスにもしっかりと写本証拠が出ています。次にそれを見てみましょう。


ネストレ18、22、24版
34〚ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν· πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν.〛 διαμεριζόμενοι δὲ τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἔβαλον κλήρους.

34 〚+ℵ* C 𝔎 pl latsy(ᶜ)ᵖ Mcion Or; T: - B D* W Θpe a syˢ sa; W


ネストレ25版
34〚ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν· πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν.〛 διαμεριζόμενοι δὲ τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἔβαλον κλήρους.

34 〚+ℵ* C 𝔎 pl latsy(ᶜ)ᵖ Mcion Or; T: - p) 𝔓⁷⁵ B D* W Θpe a syˢ sa; W


ネストレ28版
34 □〚ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν· πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν.〛 διαμεριζόμενοι δὲ τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἔβαλον κλήρους.

34 □ 𝔓⁷⁵ ℵ²ᵃ B D* W Θ 070. 579. 1241. a syˢ sa boᵖᵗ ¦ add. p ) ℵ²ᵇ (ειπεν loco ελεγεν πατερ A) C D³ K L Q Γ Δ Ψ f¹ (- δε f¹³) 33. 565. 700. 892. 1424. 2542. l 844 𝔐 lat syᶜ.ᵖ.ʰ (boᵖᵗ ; Irˡᵃᵗ)


UBS第1版
34 [ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν, Πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν.]⁵ διαμεριζόμενοι δὲ τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἔβαλον κλήρους.

⁵ 34 {C} ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν, Πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν. ℵ*.ᶜ A C Dᵇ (K εἶπεν for ἔλεγεν) L X Δ Π Ψ 0117 0250 f¹ (f¹³ omit δέ) 28 33 565 700 892 (1009 ποιῶσιν) 1010 1071 1079 (1195 ἄ for τί) 1216 (1230 1253 Ἰησοῦς ἐσταυρωμένος ἔλεγεν) 1242 1344 1365 1546 1646 2148 2174 Byz Lect itᵃᵘʳ.ᵇ.ᶜ.ᵉ.ᶠ.ᶠᶠ².ˡ.ʳˡ vg syr⁽ᶜ⁾.ᵖ.⁽ʰ.ʰᵐᵍ⁾.ᵖᵃˡ copᵇᵒᵐˢˢ arm eth geo Hegesippus Marcion Diatessaronᵃ.ᵉᵃʳᵐ.ⁱ.ⁿ Justin Irenaeusˡᵃᵗ Clement Origenˡᵃᵗ Ps-Clement Eusebius Eusebian Canons Ambrosiaster Hilary Basil Apostolic Constitutions Ambrose Chysostom Jerome Augustine Theodoret John-Damascus // include ὁ δὲ…ποιοῦσιν. u·ith asterisks E // omit 𝔓⁷⁵ ℵᵃᵛⁱᵈ B D* W Θ 0124 1241 itᵃ.ᵈ syrˢ copˢᵃ. ᵈᵒᵐˢˢ Cyril


UBS第3版(修正版)
34 〚ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν, Πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν.〛⁵ διαμεριζόμενοι δὲ τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἔβαλον κλήρους.

⁵ 34 {C} ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν, Πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν. ℵ*.ᶜ (A omit Πάτερ) C Dᵇ (K εἶπεν for ἔλεγεν) L X Δ Π Ψ 0117 0250 f¹ (f¹³ omit δέ) 28 33 565 700 892 (1009 ποιῶσιν) 1010 1071 1079 (1195 ἄ for τί) 1216 (1230 1253 Ἰησοῦς ἐσταυρωμένος ἔλεγεν) 1242 1344 1365 1546 1646 2148 2174 Byz Lect itᵃᵘʳ.ᵇ.ᶜ.ᵉ.ᶠ.ᶠᶠ².ˡ.ʳˡ vg syr⁽ᶜ⁾.ᵖ.⁽ʰ.ʰᵐᵍ⁾.ᵖᵃˡ copᵇᵒᵐˢˢ arm eth geo Hegesippus Marcion Diatessaronᵃ.ᵉᵃʳᵐ.ⁱ.ⁿ Justin Irenaeusˡᵃᵗ Clement Origenˡᵃᵗ Ps-Clement Eusebius Eusebian Canons Ambrosiaster Hilary Basil Apostolic Constitutions Ambrose Chysostom Jerome Augustine Theodoret John-Damascus // include ὁ δὲ…ποιοῦσιν. u·ith asterisks E // omit 𝔓⁷⁵ ℵᵃ B D* W Θ 0124 1241 itᵃ.ᵇ syrˢ copˢᵃ. ᵈᵒᵐˢˢ Cyril


UBS第4版
34 〚ὁ δὲ Ἰησοῦς ἔλεγεν, Πάτερ, ἄφες αὐτοῖς, οὐ γὰρ οἴδασιν τί ποιοῦσιν.〛 διαμεριζόμενοι δὲ τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἔβαλον κλήρους.

34 {A} omit verse 34a ὁ δὲ … ποιοῦσιν. 𝔓⁷⁵ ℵ¹ B D* W Θ 070 579 597* 1241 itᵃ.ᵇ syrˢ copˢᵃ. ᵈᵒᵖᵗ // include verse 34 a ( with minor variants; see Ac 7.60) ℵ*.² A C D² L Δ Ψ 0250 f¹ f¹³ 28 33 157 180 205 565 597ᶜ 700 828 992 1006 1010 1071 1243 1292 1342 1424 1505 Byz [F G H N] Lect itᵃᵘʳ.ᵇ.ᶜ.ᵉ.ᶠ.ᶠᶠ².ˡ.ʳˡ vg syrᶜ.ᵖ.ʰ.ᵖᵃˡ copᵇᵒᵖᵗ arm eth geo slav Diatessaron Jacobus-Justusᵃᶜᶜ. ᵗᵒ ᴴᵉᵍᵉⁱᵖᵖ Irenaeusˡᵃᵗ Hippolytus Origenˡᵃᵗ Eusebius Eusebian Canons Ps-Ignatius Apostolic Constitutions Gregory-Nyssa Amphilochius Didymusᵈᵘᵇ Ps-Clementines Ps-Justin Chysostom Cyril Hesychius Theodoret; Ambrosiaster Hilary Ambrose Jerome Augustine // include verse 34a with asterisks E


 となっており、大正改訳、口語訳、フランシスコ会訳、個人訳などが底本にしている批判的校訂本では、しっかりと二重角括弧(〚 〛) が、自分の手元にあるネストレ18版、22版、24版、25版、26版、27版、28版、UBS第3版(修正版)、UBS第4版、スーターでは有り、アパラトゥスでの説明もあります。R.V.G.タスカーでは脚注にて、この個所が省略されていると書いています。

口語訳の底本はネストレ版の19版・20版・21版ですが(ちょうど持っていない)、その前後の版にあって、この三つの版にだけないなんてことはあり得ないわけですから、そういう底本の情報を無視して、それを翻訳に反映していないというのはなんとも役に立たないものです。

UBS第1版では二重の角括弧(〚 〛)ではなく、普通の角括弧([ ])でこの個所を囲んでいます。イントロダクションで記号の意味を見ますと、 

" [ ] enclose words which are regarded as having dubious textual validity. ([ ]は 、テキストとしての妥当性が疑わしいと考えられる単語を囲みます。) "

となっていて、二重の角括弧の

"〚 〛 Double square brackets are used to enclose passages which are regarded as later additions to the text, but which are retained because of their evident abtiquity and their importance in the textual tradition. (〚 〛 二重角括弧は、本文への後の追加とみなされる文章を囲むために使用されますが、その明白な正確性と本文の伝統における重要性のために保持されます。)"

というものよりも弱い感じがします。

 キリスト教の異端であり破壊的カルト宗教であるエホバの証人の「参照資料付き聖書 新世界訳」(1985年版)でさえ

34 [[しかしイエスはこう言われるのであった。「父よ,彼らをお許しください。自分たちが何をしているのか知らないのですから」。]] さらに,彼の衣を分配しようとして,彼らはくじを引いた。

と二重の角括弧を付けて訳し、その欄外注で

" シナ写,エフ写,ウル訳,シリ訳ク,ペはこれら角かっこ内の語を挿入している; パピ写75,バチ写,ベザ写*,ワシ写,シリ訳シは省いている。 "

と説明がなされているのに(2013年英語版とその翻訳である2019年日本語版、そしてスタディー版では角括弧も欄外注も無くなりました。幸いなことに、四代目会長が亡くなってから、統治体も変わって行きものみの塔協会は勝手に劣化して行ってくれています)、日本聖書協会やフランシスコ会訳を出しているサンパウロ社が、それができないというのも情けない話です。

 本文を引用するのにドイツ聖書協会で公開されているUBS 5版とネストレ28版の本文を利用しましたが、UBS 5版には挿入句に二重の角括弧がありましたが、なぜかネストレ28版の方にはありませんでした。手元にある28版の本にはしっかりと二重の角括弧が印刷されています。不思議ですね。

UBS 5th ルカ23:34
(ドイツ聖書協会のacademic-bible.comで公開されているUBS 5版)


ドイツ聖書協会のacademic-bible.comで公開されているNA28のルカ23:34
(ドイツ聖書協会のacademic-bible.comで公開されているNA28)


 さて、批判的校訂本の見方がわからない人のために、分かりやすい田川訳の註を見たいと思います。

" 34 節のはじめに、多くの写本で、やや長い挿入句が入っている。「イエスは言った。父よ、彼らを許し給え。自分のしていることがわかっていないのです」という句である。結構なお説教だが、重要な諸写本ではこの句はのっていない。のっているのは、数だけはやたらと多いがほぼまったく価値のないいわゆるビザンチン系写本に加えて、ℵ C L Ψ などである。のせていないのは𝔓⁷⁵ B D W Θ、またℵの第一修正、ほか。ℵやCも重要だが、ルカの場合、𝔓⁷⁵とBの一致に加えてDも一致するのは貴重だし、他の大文字写本もいくつか加わっている。それに lectio difficilior の原則からしても、もしもこの句が原文にあったのなら、後世の敬虔な写本家がわざわざ削ろうなどという気はおこさなかっただろう。従ってネストレも(アメリカ版も)二重亀甲の括弧に入れている。この二重亀甲は「原文ではないことが確実」というものである(22・43-44の註参照)。それにもかかわらず口語訳がこれを本来の原文であるかのように訳出しているのは、よろしくない。新共同訳は一重の亀甲に入れているが、新共同訳はアメリカ版のテクストに従いますと宣言しているのだから、二重亀甲にすべし。 "
(「新約聖書 訳と註 2上 ルカ福音書」 田川建三 2015年3刷 作品社)


 本来、十字架刑にされた反逆者や犯罪者たちの言葉なんか、よほど大声でも出さなければ、受刑者から離れた所にいる見物人の所まで届かないわけですから(福音書に見るイエスの磔刑のように、イエスが瀕死の状態で、さらに見物人たちがイエスを罵って騒いでいるのならなおさら聞こえるわけがない)、最後の力を振り絞ってエリ・エリ・レマ・サバクタニを大声で叫んだかもしれないが、それ以外の言葉は福音記者による作文みたいなものですから、そこにさらに後代に自分を殺そうとする者たちにも神が彼らを赦すことを斯う美談に仕上げ、それがまたローマ帝国の公認宗教の一つとなった教会にとって都合がよかったのでしょう。


 また話を戻して、UBS版のアパラトゥスは面白いなと感じました。第3版(修正版)では挿入句があることの評価が {C}となっており、第4版では挿入句のない形の評価が{A}になっています。この記号の意味は、 enclose a letter A, B, C, D which indicates the relative degree of certainty for the reading adopted in the text. (テキストで採用されている読み方の相対的な確実性を示す A、B、C、D の文字を囲みます。) ということです。第三版と第四版の双方の評価を両方載せればいいのにと思います。挿入句が無い方が{A}評価なのに、本文には二重の角括弧を付けて{C}の形を載せているというのも不思議なものです。そして、日本聖書協会もUBS版を底本にしながら{C}と評価されているのにもかかわらず、本文をそのままに訳出しているのは、利用する顧客である教会を意識しているのかもしれません。そこはしがらみのない田川訳だから挿入句を省いた形にできるのかもしれません。

 最後に写本の画像をあげておきます。


●挿入句を省いているもの

𝔓75 (Pap.Hanna.1(Mater.Verbi)2A.5v) ルカ23:34
(バチカン図書館で公開されている𝔓75 (Pap.Hanna.1(Mater.Verbi)2A.5v) )


バチカン写本ファクシミリ版 ルカ23:34b-36
(バチカン写本ファクシミリ版)


ベザ写本 ルカ23:32-35
(ベザ写本写真ファクシミリ版 この写本には挿入句が第三修正者によって欄外に書かれています)


●挿入句があるもの

シナイ写本ファクシミリ版 ルカ23:33b-35a
(シナイ写本写真ファクシミリ版)


大英博物館発行アレクサンドリア写本ファクシミリ版 ルカ23:33b-36a
(大英博物館発行アレクサンドリア写本写真ファクシミリ版)


大英図書館アレクサンドリア写本 ルカ23:33b-35b
(大英図書館で公開されているアレクサンドリア写本)


エフラエム重記写本ファクシミリ版 ルカ23:32-36
(エフラエム重記写本ファクシミリ版)

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athanasius

Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

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