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プルタ


poor widow


マルコ福音書
12:41イエスは、さいせん箱にむかってすわり、群衆がその箱に金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持は、たくさんの金を投げ入れていた。 12:42ところが、ひとりの貧しいやもめがきて、レプタ二つを入れた。それは一コドラントに当る。 12:43そこで、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「よく聞きなさい。あの貧しいやもめは、さいせん箱に投げ入れている人たちの中で、だれよりもたくさん入れたのだ。 12:44みんなの者はありあまる中から投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中から、あらゆる持ち物、その生活費全部を入れたからである」。

 多くの人が、残念なことに疑問に思わない箇所であります。さて、なにが気になるかと言いますと、

・・・《レプタ》 はギリシャの最小の青銅貨で、邦貨五十銭に相当する。しかし神殿のさいせんには外国貨幣は使えなかったから、ユダヤの最小の青銅貨幣ではなかったか。レプタ二つが 《一コドラントに当たる》 とは、本書の著者の、ローマのキリスト者のための説明である。コドラントはローマの最も小さい銅貨で邦貨一円に相当する。・・・
〈「増訂新版 新約聖書略解」 日本基督教団出版局 1969年増訂新版9版 p.153〉

(11)レプタはギリシャの最少額銅貨であるが、著者はローマ人の読者に分かりやすいように、それをローマの貨幣になおして 「一コドラント」 すなわち、アス貨の四分の一であったと説明する。アス貨は銀デナリの十六分の一であるから、このやもめのさいせんは非常にわずかであった。なお一デナリは当時の労働者の一日の賃金〈マタイ20 2参照〉。
〈「新約聖書 フランシスコ会聖書研究所訳注」 1984年改訂版 マルコ福音書12:42の註〉

六 「二レプタ」 はギリシャ通貨の最少額レプトン銅貨二枚。マルコはそれをローマの貨幣に翻訳する。 「一クォドランス」(quadrans) とは 「一アス」 の四分の一。 「一アス」 は 「一デナリオン」(当時の労働者の一日分の賃金) の十六分の一。
(「新約聖書 新約聖書翻訳委員会訳」 岩波書店 マルコ福音書12:42の註)

 この三つに共通しているのは、レプタがギリシャの最少額の銅貨であるという点です。果たしてそうでしょうか。

 まず、エルサレム神殿の婦人の庭に設置された13のショーファール(「角笛型奉納箱」 ユダヤ古典叢書「ミシュナⅡ モエード」教文館)が設置させていますが、そのうち六つは「随意の献げもの」でした(シェカリーム6:5)。貧しいやもめはこの奉納箱に小銭を投げ入れたのでした。神殿への奉納ですから外国の貨幣は捧げることはできず、ユダヤの貨幣(ティルス(ツロ)の貨幣)でなければなりませんから、やもめのささげ物がギリシャの青銅貨であるわけはありません。またギリシャのコインでレプタと言うのは聞いたことがありません。

ギリシャの貨幣ですと、銀貨としてドデカドラクマ(20ドラクマ)、デカドラクマ(10ドラクマ)、テトラドラクマ(4ドラクマ)、ディドラクマ(2ドラクマ)、スタテル(テトラドラクマからディドラクマの間、造幣されたポリスによって変わる)、ドラクメー(Δραχμή、6オボロス)、テトロボロス(4オボロス)、トリオボロス(orヘミドラクメー、3オボロス)、ディオボロス(2オボロス)、オボロス(Οβολός、4テタルテーモリオ、日本では「オボル銀貨 」とも表記される)、トリタルテーモリオ(Τριταρτημόριο、3テタルテーモリオ)、ヘミオボロス(2テタルテーモリオ、「ヘミ・オボル銀貨」)、トリヘーミタリテーモリオ(Τριημιταρτημόριο、三分の二テタルテーモリオ)、テタルテーモリオ(Τεταρτημόριο、四分の一オボロス)、ヘミタルテーモリオ(Ημιταρτημόριο、二分の一テタルテーモリオ)があります。最小のヘミタルテーモリオがローマの銅貨セミス(二分の一アス)に相当しますから、かなり少額貨幣まで銀貨が使われていたのがわかります。ギリシャの銅貨は名前がわかっていませんからAEという記号であらわされAEの後に銅貨の直径が付きます。直径10mmだとAE10と表記されます(ローマも三世紀以降の少額銅貨も名前がわかっていませんので、AEで表されますが、直径の範囲を四区分に分け、25mm以上ならAE1、直径21mm-25mmならAE2、直径17mm-21mmならAE3、17mm以下ならAE4と区分されますので、古代ギリシャのコインか、古代のローマのコインかの注意が必要です。)。

実に多くの日本語訳聖書が、レプタと言う語に銅貨という原文にない語を補ったり、またレプタとギリシャ語表記のまま使っているので、何かそういう硬貨があるように錯覚してしまいます。田川訳だけはそうではなく「小銭」と訳し、説明を註でしています。

マルコ福音書12章
41 そして賽銭箱の向い側に座って、群衆が賽銭箱の中に銅貨を投げ入れるのを見ていた。そして大勢の金持が沢山投げ入れていた。
42 そして一人の貧しいやもめが来て、小銭を二つ投げ入れた。一コドラントにあたる。
43 そして彼が弟子たちを呼び寄せ、彼らに言った、「アメーン、あなた方に言う。この貧しいやもめは、賽銭箱に投げ入れているほかのどの者よりも多く投げ入れたのだ。
44 というのも、皆は自分にとってあり余っているものの中から投げ入れたのだが、彼女は自分の欠乏の中から、自分が持っている一切を投げ入れたのである。自分の全生活費を」。
(「新約聖書 訳と註 1 マルコ福音書/マタイ福音書」 田川建三訳著 作品社)

42 小銭 lepta という語(lepton の複数形)。新共同訳はきざに 「レプトン銅貨」 と単数形を片仮名にしている。しかしこう片仮名で書くと 「レプトン」 という名称(単位)の貨幣があったかのように思われてしまうが、そうではない。単に 「ちっぽけな」 という形容詞の中性形を 「小銭」 の意味で用いているだけ。日本語でも 「一円玉」 という通貨名はあるが、 「小銭」 という名称の通貨があるわけではないのと同じこと。なおマルコは、多分 「小銭二個」 だけではわかりにくいと思ったのだろう、 「すなわち一コドラント」 と説明をつけ加えてくれているが、正確には二分の一コドラントの貨幣なるものが 「レプトン」 と呼ばれていた、などというわけでもない。この語については Der Kleine Pauly にわかり易く正確な解説がのっている(lepton の項目。この項目は Der Neue Pauly よりもこちらの方がわかり易く記されている)。
(「新約聖書 訳と註 1 マルコ福音書/マタイ福音書」 田川建三訳著 作品社 pp.393-394)

 おそらくユダヤの銅貨で、ハスモン朝時代のアレクサンドロス・ヤンナイオスが在位の時(在位:紀元前103年 - 紀元前76年)に造幣されたプルタ(Prutah(פְּרוּטָה))という少額貨幣が、この貧しいやもめが捧げた献げものであったとされています。

2プルタ マイブログ入り

*** ↓ 2021年12月13日追記 ***

Αρχαία Ελληνικά νομίσματα(古代ギリシャのコイン)

Prutah(プルタ)


*** ↓ 2022年10月10日、12日 追記 ***

田川訳の欄外注に出てきた古典研究の百科事典「Der Kleine Pauly」

Der Kleine Pauly, Lexikon Der Antike

Leptos (λεπτος), » enthülst, dünn « , ist Beiwort allg. oder spezieller Münzbezeichnungen (νομισμα, χαλκος, αργυριον, δραχμη) und bezechnet generell das Kleingeld oder unterscheidet schwerere von leichteren Sorten gleichen Namens. Das Substantiv λεπτον bedeutet Kleingeld (meist der Stādte im Gegensatz zur röm. Reichswāhrung) und wohl oft ein bestimmtes Nominal. Genauere Feststellungen sind nicht möglich, doch legt die Gleichung mit 1 resp. 1/2 → κοδραντης im NT. nahe, in den palāstin. Kleinkupferrnünzen des 1. Jh. das λ. zu 1/6000 → Talent - → Slidus veranschlagt.

レプトス(λεπτος)は、一般的な硬貨や特殊な硬貨(νομισμα, χαλκος, αργυριον, δραχμη)の蔑称で、一般には小銭を指し、同じ名前でも重いものと軽いものを区別することがあります。名詞のλεπτονは小銭(ローマ帝国の通貨に対して主に都市の)を意味し、おそらく特定の名目であることが多いだろう。より正確な判断はできないが、NT.では1 resp. 1/2 → κοδραντηςとの等式が示唆され、パラスティンでは。1世紀のパラスティニア小銅貨では、λ.は1/6000→タレント→スリドゥスと推定される。

Leptos.jpg



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No title

田川健三さんというのはやはりすごい聖書学者だなと
思いました。
信仰心に関しては?なところもありますけれど。

レプタのことも全然しりませんでした。
参考になります。

Re: No title

> 田川健三さんというのはやはりすごい聖書学者だなと
> 思いました。
> 信仰心に関しては?なところもありますけれど。
>
> レプタのことも全然しりませんでした。
> 参考になります。


彼の信仰心については、Wikipediaなどの断片情報を鵜呑みにしてしまうと誤解してしまうかもしれませんね。
実際に読んでみると、使われている表現とは裏腹にとても信仰深いと感じましたね。

レプタについても、田川だけでなくいろいろと調べてみましたが、田川以外の聖書学者がどうしてこういうことに気が付かないのかと思いましたね。


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