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偽りのかなめ石 偽書であるモルモン書 1


 末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の標準聖典、特にモルモン書などはその序文において、

"『モルモン書』は『聖書』と肩を並べる聖典である。この聖典は、アメリカ大陸の昔の住民に対する神の導きの記録であり、この書物には完全な永遠の福音が記されている。この書物は、昔の多くの預言者たちが啓示と預言の霊によって書き記したものであり、モルモンという名の預言者であり歴史家であった人物が、金版に書き記された言葉を引用し、短くまとめたものである。…" 

と、歴史的真実を記録した書としています。

  この記録と彼らが称するものは、紀元前600年頃にダビデの町であるエルサレムに、ヨセフの子孫としていながらもなぜか受け継ぎの地をもっていたリーハイなる人物とその家族が、当時存在していなかった金属である真鍮で造られた、天地創造の初めからゼデキヤ王の統治の初めに至るユダヤ人の記録と、まだ成文化されていないはずの預言者の預言書がなぜか刻まれている真鍮版を略奪してアメリカ大陸に渡来し、そこでリーハイの子孫であるニーファイ人とリーハイ人という二つの民族が、西暦385年にこの民族間の戦争によってニーファイ人がモロナイという人物を残して絶滅し、そのモロナイがその伝えられた記録と、自身の書き継いだ記録の記された金版を埋めるまでのことが記されているとしているものです。この中には、古代アメリカ大陸にイエスが現れたりと荒唐無稽な話しのオンパレードです。

  その記録を天使となったモロナイがジョセフ・スミス・ジュニアという人間に現れて、その記録の金版と銀のつるにはめた二つの石「ウリムとトンミム」がついた胸当てなどが隠されていることや何をなすのかを告げます。その後も何度か現れ、埋められてい眼場所をジョセフは知り、すぐに掘り出すことを禁じられましたが、1827年になって天使がそれらの品を渡したとしています。その金版は1838年に天使が取りに来てもはや地上にないとされています。

 もはや翻訳の底本となった金版は地上には存在しません。証明するものはなくなりました。  "『モルモン書』は、昔アメリカ大陸に住んでいた民の神聖な記録であり" と言っていますが、その記録の原典に当たることはできません。では翻訳されたとされる(二つの覗き石を通して訳されたとするが、普通それを翻訳とは言わない。)「モルモン書」は果たして本当に歴史的な記録なのであろうか。

和訳モルモン聖典 明治訳・昭和佐藤龍猪訳、昭和訳合本、平成訳、平成訳改訂版

モルモン経明治訳・昭和佐藤龍猪訳、平成訳、平成訳改訂版

The Book of Mormon 1830年初版(復刻版),1920年版,1963年版,1981年版(四聖典合本),2013年版(ハードカバー,ソフトカバー)



 しかし、モルモン教は「モルモン書」が真実であるかどうかは、そのような歴史的検証ではなく、

"見よ、わたしはあなたがたに勧めたい。あなたがたにとってこの記録を読むことが、神の知恵にかなうようであれば、あなたがたはこれを読むときに、アダムが造られてからあなた方がこれを受けるときまで、主が人の子らにどれほど憐れみをかけてこられたかを思い起こし、それを心の中で深く考えてほしい。また、この記録を受けるとき、これが真実かどうかキリストの名によって永遠の父なる神に問うように、あなたがたに勧めたい。もしキリストを信じながら、誠心誠意問うならば、神はこれが真実であることを、聖霊の力によってあなたがたに明らかにしてくださる。そして聖霊の力によって、あなたがたはすべてのことの真理を知るであろう。"
(モロナイ10:3-5) 

とあり、真実かどうかを祈って神に問うなら 

"聖霊の力によって明らかにされるとき、(『モルモン書』を含めて) これが真実であることを証する御霊のささやきや特別な気持ちを感じることができる。」"
(モルモン書 生徒用資料 宗教コース121-122 p165) 

と、声が聞こえてきたり、特別な気持ちを感じたなら真実であるとしています。

 モルモン教徒の極端な意見によると、創世記の記述やキリストの復活など学問的に証明できないが信じることと一緒だ、信仰は学問的実証とは別だとする意見を言う方もあります。しかし、ほら話を信じるのと、ある程度学問的実証性があり信頼に足るものを信じるのでは違うと思います。

  モルモン書はジョセフ・スミス・ジュニアが地中から発見した金版に「改良エジプト文字」とモルモン書が説明する文字にて記されていた、古代アメリカの記録であるとしています。しかし、この「改良エジプト文字」なるものは、世界はおろかアメリカ大陸でも、ましてやエジプトやパレスチナでも見つかってはいません。

 まずマーティン・ハリスが書き写したとされる文字を見てみましょう(ジョセフ・スミスの歴史参照)。

金板の写しとそれを明確にしたもの

 そして、次にエジプトの文字やヘブライ文字、楔形文字、アラビヤ文字、マヤ文字、インカ文字を見て見ましょう。

エジプト・ヘブライ文字


マヤ文字・インカ文字


 古代エジプト文字のヒエログリフ(聖刻文字、神聖文字)、ヒエラティック(神官文字)、デモティック(民衆文字)、というこれら三つの書体ばかりではなく、古代ヘブライ文字、アラム書体のヘブライ語、楔形文字、そして古代アメリカのマヤ文字やインカ文字とも明らかに、素人目にも違います。

金版の写しと占星術の惑星や星座記号などの類似性

 しかし、占星術や魔術などで使われる記号とは類似していることが指摘されています。

 また、モルモン教会の歴史の中でマーティン・ハリスがこの写しをもってチャールズ・アントン教授の下に訪れ、教授に『…まだ翻訳していない文字を出して見せたところ、これらはエジプト語、カルデヤ語、アッシリア語およびアラビヤ語などで、またその文字も本当の文字であると言われて、教授はパルマイラの人々に宛てて「これらの文字は真正の文字にして、またこれらの文字より翻訳されたるものもまた正確なり」という一通の証明書を私に下さった。』云々という話をまことしやかに伝えていますが、教授自体がこれを否定しています。



 詳しい内容はアンソン教授の否定(リンク修正2023/03/04)で日本語で読めますし、タナー夫妻のサイトで英文でアントン教授の手紙の内容を見ることもできます。 http://www.utlm.org/onlineresources/anthonletter.htm " target="_blank" title="アンソン教授の否定">アンソン教授の否定 http://garyo.or.tv/kakure/anthon.htm で日本語で読めますし、タナー夫妻のサイトで英文でアントン教授の手紙の内容を見ることもできます。Professor Charles Anthon Letter http://www.utlm.org/onlineresources/anthonletter.htm

 モルモン教では、モルモン書は古代アメリカ大陸の真実の記録としていますが、それを証明する考古学上の発見や歴史的な発見は何一つなされていません。

 モルモン書の記述からはかえって多くの歴史的矛盾が指摘されています。

古代アメリカ文明の謎 マイブログ入り


 ナイジェル・デーヴィス著『古代アメリカ文明の謎-コロンブス以前のアメリカ大陸-』(BEVOR COLUMBUS KAN)から少し見てみましょう。

~以下引用~

 …モルモン教会は「新世界基金」という財団をもっている。これは元来、モルモン教徒の伝説についての考古学上の証拠を発見する目的で設立されたものであった。当初の目的は現実にはほとんど達せられなかったが、財団は、更に注目に値する学問的な貢献を果たした。その計画に協力した考古学者達が私に語ったところによると、発見物について報告を行う際、教義のことを考慮することは、判然と禁じられていたということである。

 近年「新世界財団」の元理事長トーマス・スチュアート・ファーガソンが、アメリカ人の起源論の著者たちをリードするようになった。ファーガソンが、アメリカには専らイスラエルからの移住者が住んでいたとする教義を撤回したことは何も驚くには当たらないが、それにもかかわらず彼は、様々な種族グループが全てベーリング海峡を越えてやって来たとする可能性をも断固として否定しているのである。ファーガソンは、その著『一群の羊、一人の牧者』の中で、メキシコの考古学上重要な多くの遺跡の放射性炭素による年代測定と、ジャレード時代(紀元前二八〇〇年)およびそれに続くネファイト・ラマナイト時代(紀元前五八七年から期限四二一年まで)の顕著な出来事を一致させようという大胆な試みを行っている。命題を明確にするため、地図が添えられている。ファーガソンは更に、メキシコ南部のチアパ・デ・コルソ —これは「新世界基金」が何年も前から優れた業績を挙げている場所である— で古代エジプトのヒエログリフが刻まれた印章が見つかったと主張する。それにつけて一葉の写真があり、それには何か三角形様のものが写っており、その底辺部分に一種の裂け目が刻みつけられている。これが本当のエジプトの文字であるという主張は、あまり説得力をもたない。

 自分の立場を擁護するため、ファーガソンは、アメリカと近東の関係を主張する人間の理論武装に欠かせぬ武器、即ち、白い神の理論と言葉のリストの遊戯を援用する。鬚のあるケツァルコアトルをイエスと同一視し、白い神像を、ケツァルコアトルの化身でもある明けの明星と結びつける啓示の書に注目するよう勧めている。別の章でファーガソンは「善良な羊飼い」としてメキシコの神を引き合いに出し、かつナザレのイエスは西半球の「正義の神」になっている。その他の理論家たちは、ケツァルコアトルと対比するのに時として様々な神やら人間やらを持ってきた。即ち、アトラスであり、聖トーマスであり、ヴォーターン、オシリス、ディオニソス、バッカスであり、仏教あるいは婆羅門教の伝道師であり、ペルーのビラコチャとマンコ・カパックであり、ポセイドンでありホトゥ・マトゥアであった。

 これらの著者のただ一人でも、メキシコの古文書に些かの注意を払っていたら、自分自身でケツァルコアトルがメキシコの神殿の他の残忍な神々といくらも変わっていないことを確め得たであろう。もっとも私の知る限り、これらの神々はいずれも、かつてオシリスや仏陀と同一視されたことはない。一例を挙げると、ボルヒアの古写本には、一連の神々に伍して、小さな生贄の目を刳り抜いているケツァルコアトルの姿が描かれている —これはキリストを思わせる仕種ではない。

 ファーガソンは他の著者と同じく、新世界にキリスト教の儀式があったとしている。つまり、ある種の古文書には十字の印がふんだんに現れるとか、人々は巡礼の旅に出かけたとか、洗礼の儀式を行ったとか、死の前に懺悔をしたとかの類である。人間の生贄は通常狩猟の神に捧げられたが、生贄を十字形の角材に縛りつけ矢で射殺するという残酷なやり方は、磔刑の変形ともされている。

 ファーガソンは、次善三善の策として、ヘブライ語とメキシコのナワトル語に共通の言葉を挙げるという常套手段を用いている。ケツァルコアトルのナワトル語の名前は実際にはヨワジ(yohualli)であり、これはまたヨハジ(yohalli)とも書かれ得るし、最終的にはユダヤのヤーヴェ(Jahwe)の如くである、と彼は説明している。しかし事実は、ヨワジは「夜」を意味し、むしろ夜空の主である「煙を吐く鏡」として知られる別の神と関連がある。発音の点からいっても、ファーガソンは誤っている。どんなに想像を廻らしても、ヨワジをヨハジと書き換えることはできない。

 ファーガソンやその他のモルモン教徒の著者たちは、アルバ・イストリルソチトルのテキストから頻繁に引用し、出来事についての彼らなりの解釈を支えにしている。しかし、イストリルソチトルは十七世紀のメキシコの歴史家で、テスコーコの公爵家の出である。彼の著作には何ら隠された秘密はなく、時により当てにならぬことはあっても、計り知れぬ資料が提供されている。イストリルソチトルは他の誰よりも、その郷里テスコーコの熱烈な擁護者である。彼はスペイン征服後一世紀生き、徹頭徹尾スペイン化されていた。要するにファーガソンは、「新世界基金」の優れた仕事はなしたものの、旧世界と新世界の関係を探究する作者の中にあって、あまり説得力のない一人である。

 アメリカの人間は単にイスラエル人であるだけでなく、失われた十支族であると主張する作家の中で、キングズバラ卿とブラスール・デ・ブールブールは、アメリカの過去についての偉大な研究家に数えられる。イスラエルの失われた支族論のもう一人の弁護者は、ジェームズ・アデアで、彼はインディアンの土地で四十年間商売を営んでいた。彼は既に一七七五年に、その理論を展開した。アデアは、インディアンがある儀式の間に、「ヨ・メシカ、ヘ・メシカ、バ・メシカ」という句を歌っていた、と報告した。メシカがナワトル語の言葉であることは自明であり、これからメキシコの名が発生した。アデアは、ここから判然と「メシアス」という言葉を聞いた。もしそれぞれの句の第一綴をとるなら、ヨヘバという名前が出てくる —言い換えればエホバないしはヤーヴェである。

ドクター・ファッディ・ダッディ

 モルモン教義は、無条件に新世界と聖書の国の間の関係という一般的なテーマに行き着く。もっとも、モルモン教徒が後世にキリストの啓示を伝えるのに、何故に、紀元前七世紀に既に原型が出来上がっていたヘブライ文字ではなく、好んで古代エジプトの象形文字を似てしたかということは、全く理解に苦しむ。

~引用終わり~

 ものみの塔が、自身の信仰に合わせた解釈の権威付けのために、いろいろな学者の著作物から断片的に、また時として著者の意図と反する形で引用したりしますが、モルモンの場合は自分たちで考古学上の発見をしようと財団を立ち上げて、いろいろと学問的貢献はするものの、自身の教義を裏付けるものは何一つとして発見できなかったということです。また、モルモン御用学者たちの著作物は、自分たちの信仰に合わせようとの意図の下にあることがわかります。


次:偽りのかなめ石 偽書であるモルモン書 2


関連

聖書を改変するモルモン教

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