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聖書を改変するモルモン教


 通称「モルモン教」こと「末日聖徒イエス・キリスト教会」は、よく二人連れの外人宣教師や無料の英会話教室などもやっており、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)などと共にキリスト教と間違われている団体でもあります。しかし、教義的にはその神観を始めとして、まったく一致するところが無い別な宗教と言ってもよいほど別ものです。

 彼らの信仰箇条にはこのような一文があります。

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"8わたしたちは、正確に翻訳されているかぎり、『聖書』は神の言葉であると信じる。また、『モルモン書』も神の言葉であると信じる"

(2009年版「高価な真珠」)

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 聖書については、一見キリスト教と同じではないかと思えてしまえるような文ですが、実は全く違っています。それではまず彼らの注釈を見てみましょう。

インスティテュート テキスト 高価な真珠 URL入り


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" 信仰箇条1:8 聖書は「正確に翻訳されているかぎり……神の言葉である」

 イエス・キリストの降誕の約600年前,預言者ニーファイは現在聖書として知られている,聖なる書き物を集めた書物の出現を予見した(1ニーファイ13:20―25参照)。しかしながら,ニーファイはまた聖書の原文が部分的に損なわれることも預言している。ニーファイが示現で見たところによれば,聖書におけるこれらの変更は「大きな忌まわしい教会」の仕業によるものであり,その教会は「分かりやすくて大変貴い多くの部分を……取り去り,また主の多くの聖約も取り去ってしまった……。

 彼らがこれをしたのは,主の正しい道を曲げて人の子らの目をくらまし,その心をかたくなにするためである。」(1ニーファイ13:26―27。28―29節も参照)

 わたしたちは何世紀もの間に聖書の原文の一部が損なわれ,また恐らくそのほかの不用意な追加や削除,あるいは変更がなされてきたことを知っているが,それでもその保存において主の導きの手があったこと,およびそれが今日のわたしたちにとって大変価値あるものであることについて確信を持つことができる。エズラ・タフト・ベンソン大管長はこう教えている。

 「わたしは,旧約聖書および新約聖書に特別な親しみを感じております。聖書は偉大な真理の源です。それは主の生涯とこの世における導きと教えについてわたしたちに教えてくれます。また,そこに書かれていることを通して,この地球の初めから神の御手が人々に差し伸べられていたことを学ぶことができます。聖書が世界の歴史に与えた影響には計り知れないものがあります。一枚一枚のページが,幾世代もの人々に恵みを与えてきたのです。

 しかし,時がたち,人の子に新たな聖文が与えられることもなくなりました。人々を導く啓示がやみ,人は聖書を様々な方法で解釈するようになりました。無数の教会や信条が生まれ,そのいずれもが聖書を権威の源としたのです。

 けれども,そのために聖書の価値が下落することはありません。この神聖な書物である聖書は,人の子に計り知れないほどの価値をもたらしてきました。事実,預言者ジョセフ・スミスが霊感を受けて,家の近くの森に行って祈ったのは,聖書の言葉によってでした。そして,その後に受けた栄光の示現は,この地上におけるイエス・キリストの完全な福音の回復の幕開けとなったのです。また,その示現は,新しい聖典をこの世に出す過程の発端となりました。その新しい聖典は,聖書とともに,イエスが救い主であられること,神が生きておられること,その子供たちを愛しておられること,今もなお子供たちの救いや昇栄の業に携っておられることなどを証するものです。」(「現在の啓示の賜物」『聖徒の道』1987年1月号,85)"

(「高価な真珠 生徒用資料 宗教327」 pp.80-81)

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 彼らの理論では、キリスト教によって今日まで伝えられてきた「聖書」は、その文書から大事なものが抜き取られているのだという考えです。そのことが彼らの聖典のひとつである「モルモン書」にはこのように書いてあります。

長文引用になりますので今日初版発行から50年以上たった旧版で著作権の切れている「モルモン経」(佐藤龍猪 訳 1957年)から引用したいと思います。この後の「モルモン書」からの直接引用は「モルモン経」からになります。

日本語訳モルモン経・モルモン書 URL入り


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ニーファイ第一書 第十三章20-29節

"20 そして私(わたくし)はかれらが約束の地でまことに繁栄するのが見えたが、また私には一冊の書物が見え、それが異邦人の中によく広まるのが見えた。 21 すると天使が 「この書物のいわれを知っているか」 と仰せになるから、 22 私が知らない由を答えると、 23 天使は 「見よ、この書物はユダヤ人から出たものである」 と仰せになって、私(わたくし)にその書物の出てくるところが見えた。天使はなおも 「汝の今見る書物は主がイスラエルの家に立てたもうた誓約と、聖(きよ)い予言者たちの語った多くの予言とをのせているユダヤ人の記録であるが、それは真鍮版に刻んである歴史に似た記録であって、ただ真鍮版に比べてその数が少ないだけである。それでもその中には主がイスラエルの家に立てたもうた誓約がのせてあるから、異邦人にとって大そうねうちのあるものである」 と仰せになった上に、また、 24 「汝はその書物がユダヤ人から出てきたのを見たが、始めそれがユダヤ人から出てきた時には、その中にある十二使徒が神の子羊にある真理によって証をした主の福音が誰にもわかるままにのっていた。 25 それであるから、これらのことは神に在る真理によってユダヤ人から異邦人に純粋なまま伝わる。 26 しかし、これらが子羊の十二使徒の手によってユダヤ人から異邦人に伝わってから、汝にはあらゆるほかの教会に勝って憎むべき大教会の基(もとい)が見えるが、その教会が憎むべきものとは、誰にもわかる非常に貴い多くの部分を子羊の福音から取り去り、また主のなしたもうた多くの誓約を取り去ってしまったからである。 27 かれらがこれをしたのは、主の正しい道を曲げて人の目を暗ませその心をかたくなにするためである。 28 それであるから、汝にはあの書物があの憎むべき大教会の手を経て出てきてからは、神の子羊の書物から誰にも解る貴い多くの記事が抜きとられていることがわかる。 29 そしてこの誰にもわかる貴いことが抜きとられてから、この書物は異邦人の全国民に伝わり、また束縛の身から免れた異邦人と共に汝の見た大海(おおうみ)までも渡って異邦人の全国民に伝わる。しかし、その書物にのっている子羊の福音から抜きとられた所があるために非常に多くの人々がつまずき、サタンがこれらの人々を大いに支配する力を得ていることは今汝が目に見る通りの有様である。しかもその書物から抜きとられたと言う誰にもわかる貴いことは、神の子羊の明らかな言葉で表されたものであって人々にはっきりとわかる所である。"

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 この章が取り扱っているのは前600年-前592年との設定ですが、この年代にはありえない「真鍮版」とか、「ユダヤ人」、「書物」など歴史的にありえないものや表現がこの僅かの記述の中に幾つも出てきますがそれはこの際置いておいて、この記述の中で出てくる「ラバン(レーバン)の真鍮版」というものが正しい記録が保持されているものとして出てきていて、それから貴い大切な記事や子羊の福音の多くが「憎むべき大教会」によって抜きとられたものが「異邦人」の間にある「一冊の書物」、すなわちキリスト教の「聖書」という理解です。

 この「ラバンの真鍮版」にはどのようなものが記されていたのでしょうか。また「モルモン経」から見てみましょう。

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ニーファイ第一書第五章10-13節

"10 そしてイスラエルの神に感謝を捧げてから、私(わたくし)の父リーハイはあの真鍮版に刻んだ歴史を手にとってこれを最初からしらべてみた。 11 父がこれを見ると、その中には世界の創造と、人間最初の先祖であるアダムとイヴの記事をのせたモーセの五書もあれば、 12 また、世の始めからユダヤの王ゼデキヤの代の始めに至るユダヤ人の歴史も見え、 13 また世の始めから、ゼデキヤの代の始めに至るまでの聖(きよ)い予言者たちの予言や、そのほかエレミヤの述べた多くの予言ものせてあった。"

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 そして、これらの他にⅠニーファイ19:10,21などには、ゼノク、ゼノス、ニーアムなど聖書には全く出てこない預言者の言葉が記録されていたとされています。このことの注釈も見てみましょう。

インスティテュートテキスト モルモン書 三種 URL入り


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"1 ニーファイ19:10 - 16 ゼノク,ニアム,ゼノス
• ニーファイはゼノク,ニアム,ゼノスの言葉を引用した。彼らは旧約時代の預言者で,イエス・キリストに関する彼らの預言は真鍮の版に詳しく記録されていた。したがって,彼らは紀元前600 年以前の預言者であったことが分かる。彼らはメシヤの生涯と働き,イスラエルの家の行く末について率直に語った(ヒラマン8:19 - 20 も参照)。モルモン書がなかったら,わたしたちはこれら3 人の預言者やキリストに関する彼らの証について知ることができなかったであろう。"

(「モルモン書 生徒用資料 宗教121-122」2009年版 p39)

リーハイの真鍮版の記録


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 そして、この真鍮版にはまだこの当時無かった「モーセ五書」が出てきたり、Ⅰニーファイ20章・21章にて、聖書のイザヤ書48章・49章の第二イザヤ(40-55章)の記述などが引用される本文批評学上のありえないことも出てきます。そして、この真鍮版はモーサヤ書第一章4節の “なぜならば、もしもこの真鍮版の助けを借りなかったならば、私たちの先祖のリーハイもこれらのことを皆記憶して、子孫に教えてこれを伝えることができなかったであろう。リーハイはエジプト人の言葉を学んだからこの真鍮版に刻んであることが読め、それを子孫に教えたから子孫はまたそれをその子たちに伝えることができた。このようにして神の命令は今日になるまで守られてきた。” との記述にあるように、エジプト人の言葉で記されていたとされています。

エジプト・ヘブライ文字


 それがエジプトの神官が使う神官文字のヒエログリフやその筆記体であるヒエラテックではありえませんから民衆文字であるデモティックということになるのでしょうが、この真鍮版の元の所有者ラバンはエルサレムに在住のマナセ族(この設定もおかしいが)なのになぜわざわざエジプトの文字を使用する必要があったのか、また、トーラー(律法)やネビィーム(預言者)がエジプト語に訳されたり、古ヘブライ語アルファベットをエジプト文字のアルファベットに置き換えたことなど、どこにもそんな記録も伝承も考古学上の発見もありませんし、古代イスラエルの人たちの信仰からも考えられないことですし、エルサレムに在住していてそんな必要すらあり得ないでしょう。

 そんな大矛盾を含んだ「ラバンの真鍮版」ですが、それには「聖書」(この場合旧約聖書)よりも正確な記録があったという設定です。そのためモルモン教の教祖ジョセフ・スミスJrは、「モルモン書」の初版の発行の後に彼の教会が立ち上がった時、自分たちの都合の良いように聖書の改ざんに着手を始めました。その布石となる考えは「モルモン書」の中にもう既に散りばめられていました。

さて、「ラバンの真鍮版」にあると設定されている未知の預言者の記述などを、「憎むべき大教会」としてキリスト教会を暗に示し、その「憎むべき大教会」なるものが「聖文」(モルモン用語)から取り除いたという論ですが、キリスト教が始まった時に、すでにその妄想の中の「聖文」とやらはイスラエルの宗教において、まだユダヤ人のヤムニヤ会議以前で正典確定はしていなかったとはいえタナハ(Tanakh、キリスト教で言う「旧約聖書」)にも存在していないし、旧約の外典・偽典、クムラン文書などにも出てきません。

 モルモンの言う「神の子羊の書物から誰にも解る貴い多くの記事が抜きとられていることがわかる。」といっているが、キリスト教においても外典・偽典書ですら、実物や写本が未発見とはいえ使徒教父たちや教父たちの著作などにおいて名前くらいは出てきていたりしているものだが、モルモン書や彼らの聖典や啓示などで言及されている類のものはユダヤ人にも、キリスト教にも、遺跡・遺物・伝承にすら全く出てこないものです。

 「聖書」とモルモン書やジョセフ・スミスJrの教えには大きな齟齬があります。それの解決の為に彼を預言者と盲信している人たちに対して、彼は聖文の回復と称する作業を神からの啓示という形で行いました。

DC インスティチュートテキスト URL入り


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" 天使モロナイは1823年9月21日にジョセフ・スミスに現れたとき、 『聖書』 から幾つかの言葉を引用したが、その言葉遣いは欽定訳とはいささか趣を異にしていた (ジョセフ・スミス - 歴史1:36-41参照)。 後にジョセフは 『モルモン書』 の翻訳に携わっていたときに、 『聖書』 から 「分かりやすくて大変貴い多くの部分」 が取り去られていることを知った (1ニーファイ13:25-29)。 また、バプテスマのヨハネからバプテスマを受けた後で、ジョセフは自分の心が開け、聖典の 「真の意味と意図」 が明らかにされるようになったことに気がついた (『教会歴史』 p.43)。 そして 『モルモン書』 の翻訳を終えると、『聖書』 に目を向け始めたのである。
 「翻訳」 というと、古代の文字で記された原書を用いて行なうものと考えられるかもしれないが、ジョセフ・スミスのそれは、学問的な解釈によってでなく、御霊の力によって聖文の正しい意味を回復することであった。ジョセフは1830年6月の記録に、モーセ書を授けられたとき、 「規則に規則を加えられるように知識」 を明らかにされたと述べている (『教会歴史』 p.98)。 モーセ書は主がモーセに授けられた正確な記録であるが、長い年月の間に完全な元の姿が失われていたものであった。預言者ジョセフ・スミスは、シドニー・リングトンと 『新約聖書』 の改訂に取り組んでいたときに次のように記録している。 「わたしたちは、主がわたしたちに命じられた翻訳の業を行なっていたときに、ヨハネによる福音書第5章29節に至り…これはわたしたちを驚かせた。それが御霊によってわたしたちに与えられたからである。」 (教義と聖約76:15,18) ジョセフ・スミスの 『聖書』 の翻訳は霊的な仕事であった。後に彼はヘブライ語とドイツ語を学んだが、それらの知識を基にして 聖文の改定を行ったわけではない。
 ジョセフ・スミスは口述筆記によって 『聖書』 の全体にわたって変更、削除、追加を行なったが、すべての部分の改訳を完成させてはいない。彼は発表できる段階までにこの仕事を成し遂げたとは考えていなかった。また、もっと長生きしていれば、さらに多くの訂正をしていたものと思われる。"

(「教義と聖約 生徒用資料 宗教コース324-325」 第73章 『聖書』の改訂 p168)

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 またジョセフ・スミスJrが私財を投じてこの翻訳をしていたのでは無く、教会や信徒の献金に寄生していたことは、D&C43:12-13の記述からも見えてきます。

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" 汝ら王国の光栄を願わば、わが僕ジョセフ・スミス (二代目) を選び定めて信仰の祈りによりわが前に彼を支持すべし、またわれ汝らに告ぐ、王国の奥義を知らんと願わば彼に衣食を供し、またわが彼に命じたる事業を果たすために必要なる物を何にても彼に供すべし。"

(「教義と聖約」 佐藤龍猪 訳 1957年)

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 これはジョセフ・スミスJrの欽定英語訳聖書の改ざん作業が進まないことに対する啓示で、インスティテュート・テキストでは次のように解説しています。

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"聖徒たちはジョセフ・スミスに何がしかの援助は与えたが、決して十分なものではなかった。教会の指導者たちもジョセフ・スミスが 『聖書』 の翻訳に取り組めるよう、会員たちに物質的援助を呼びかけた。それにもかかわらず、財政的な困難によって翻訳の進行に支障が出た。 (『教会歴史』 4:136-137,164,187,493,517参照)。 ジョセフ・スミスは自分や家族の衣食を賄うための働きに常に追われたので、翻訳は遅れ、原稿を印刷に付す準備も滞った。結局、出版するようにとの主の戒めがあったにもかかわらず、預言者ジョセフ・スミスは翻訳を完成させることができなかった (教義と聖約94:10; 104:58-59; 124:89参照)。 ジョセフ・スミスの死後、原稿は復元イエス・キリスト教会の手に渡った。初期の聖徒たちはこの勧告をないがしろにしたために、知識と霊的な祝福を逃してしまったのである。"

(p.95)

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偽札 モルモン

 ジョセフ・スミスJrは教会から援助を受けて生活をしていたが、それに満足せず、翻訳の業が進まないのは援助が足りないからだと神の啓示と称して、もっと金出せと教会や信徒たちに言っているという事に読めます。また、この翻訳事業は前掲の教義と聖約のインスティテュート・テキストには、

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"ジョセフ・スミスは口述筆記によって 『聖書』 の全体にわたって変更、削除、追加を行なったが、すべての部分の改訳を完成させてはいない。彼は発表できる段階までにこの仕事を成し遂げたとは考えていなかった。また、もっと長生きしていれば、さらに多くの訂正をしていたものと思われる。"

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とあるように完成はしませんでした。

CNNニュース 2014.11.12 に
"モルモン教創始者に40人の妻がいた、信者に衝撃" http://www.cnn.co.jp/usa/35056447.html

というニュースがありました。これをちょっと頭の片隅に置いておいて。

ブリガム・ヤングとその妻たち 

 そして、ジョセフ・スミスJrの死後、ブリガム・ヤングに代理として十二使徒のウィラード・リチャーズが、未亡人であるエマ・ヘイル・スミスに聖書の改訂の原稿を渡すことを要請したもののエマ・スミスの元にそのまま保持されました。ジョン・M・バーンハイゼルは自身のジェームズ王欽定英語訳聖書に写しを取る許可を得て1845年にその作業に従事したものの修正の半分に満たない分量しかできなく出版には適さなかったようです。そして多妻婚主義者のブリガム・ヤングらと多妻婚やその他の教義、後継者問題などで反目したエマ・スミスとジョセフ・スミスJrの子供達、ジョセフ・スミスJrの弟で十二使徒で大祝福師であったウィリアム・スミスは、ジョセフ・スミスJrの長男ジョセフ・スミス・サードを後継者として離れ、後にミズーリ州インディペンデンスに復元末日聖徒イエス・キリスト教会(現:Community of Christ)の本部を置きました(復元派ではヤング派とは違い神の「三位一体」を保持し、創立時より多妻婚を否定したり、教祖ジョセフ・スミスJrは多妻婚というあやまちを犯したとするなどの大きな違いがあります。)。そのためヤング派(末日聖徒イエス・キリスト教会)ではこのバーンハイゼルの写しに頼るしかありませんでした。

1867年、The Holy scriptures translated and corrected by the spirit of revelation
(1867年、The Holy scriptures translated and corrected by the spirit of revelation)

 1866年にエマ・スミスはサードにその原稿を渡し、1867年に「The Holy scriptures translated and corrected by the spirit of revelation」として出版されました。1944年に1867年版のエラーを修正した「new corrected edition」版がCommunity of Christでは使われています。

1851年版 Pearl of Great Priceの扉と目次
(1851年版 Pearl of Great Priceの扉と目次)

 ヤング派では1878年に1851年に初版が出版されていた「高価な真珠」(Pearl of Great Price、「ジョセフ・スミス―マタイ」含む)にJoseph Smith 訳の創世記1-7章に当たる「モーセ書(抜粋)」 が加えられました(1851年の初版ではモーセ書はExtracts from the Prophecy of Enoch (Moses 6:43–7:69)、A message from God, given to Moses (Moses 1:1–42)、Untitled (Moses 2:1–5; 8:13–30)のタイトルで括弧内で示した箇所のみ収録されていました。)。

1882年版、the Pearl of Great Priceの扉とモーセ書の冒頭
(1882年版、the Pearl of Great Priceの扉とモーセ書の冒頭)

 1989年発行の英文の四「聖典合本」には、King James Version の「Joseph Smith Translation excerpts too lengthy for inclusion in footnotes」がモルモン教会発行の聖書(King James Version)のappendix(付録)に収録されていました(聖書の付録として収録されているので、英文の三「聖典合本」版には無い。モルモン版の「聖書」には付いている。)。日本では佐藤訳「モルモン経」時代の三「聖典合本」版には、「教義と聖約」の中の「公式の宣言二」と「Joseph Smith Translation」は収録されてはいません。しかし、現行の三「聖典合本」版では「聖書のジョセフ・スミス訳(抜粋)」は付録の「聖句ガイド」の中に収録されています。

2013年、英文四聖典合本、聖書の付録扉ページ
(2013年、英文四聖典合本、聖書の付録扉ページ)

2009年版、日本語訳合本聖典
(2009年版、日本語訳合本聖典)

 キリスト教系でこれほど「聖書」それ自体をないがしろにしている団体はありません。あのものみの塔でさえここまではひどくはありません。彼らの独自の教えを裏付ける為に聖書を書き換え、それを神の啓示だと肯定するアメリカに起こったこの異端は、キリスト教的には無視していいものではありませんが、多くのキリスト者は社会的問題を現在を近年起こしていないことと、教義関係についてよく知らない為に関心を示しません。無関心はそれらに手を貸しているのと変わらないということに気がつかないのでしょう。


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