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聖書協会共同訳 4


 18:6では従来の「大きな石臼」(口語・共同・新共同)と言う訳語が、パイロット版では「挽き臼を」と一歩後退しましたが、聖書協会共同訳では「ロバの引く石臼」とギリシャ語底本通りの表現に改善されていました。

 18:34でも従来の「獄吏」(口語)、「牢役人」(共同・新共同)が、ギリシャ語底本のバササニステース(βασανιστής)の語意の通り「拷問係」と訳されていました。従来の「牢役人」は別訳としてフットノートに載せられていました。

 19:12 εἰσὶν(ある) γὰρ(なぜなら) εὐνοῦχοι(去勢された者) οἵτινες(ところの) ἐκ(から) κοιλίας(胎) μητρὸς(母の) ἐγεννήθησαν(生まれた) οὕτως(このように),

においては、共同訳・新共同訳の「結婚できないように生まれ付いた者」との訳は、パイロット版において「生まれつき去勢された者」と原文に近づきましたが、聖書協会共同訳では「独身者に生まれ付いた者」とヘタレた訳文になりました。まあ、差別云々とか考えたのかもしれません。しかし、フットノートに "直訳「去勢された者」" と載せています。正直こっちを本文にしろよと思いました。

 21:7は、καὶ(そして) ἐπεκάθισεν(彼は乗った) ἐπάνω(上に) αὐτῶν(それらの).
この個所を直訳している岩隈訳を見てみましょう。

"その雌ろばと子ろばを連れてきた、そしてそれらの上に着物をおいた。すると彼はそれらの上に乗られた。"

直訳文はこうなるのですが、口語訳・共同訳・新共同訳・パイロット版、そして聖書協会共同訳も「それにお乗りになった」としています。マタイの原文ですと雌ろばと子ろばの上に同時に乗ったことになるので、翻訳において修正したのでしょう。しかし、原文が間違っているのなら間違ったまま訳せばいいと思います。意味が通らないなら通らないまま、そのままを訳すのが翻訳だと思います。修正が許されるのは書いた著者本人だけです。こういう小賢しいことは止めてもらいたいです。

 23:16は新共同訳の「ものの見えない案内人」をそのまま引き継いでいます。「盲目」「盲人」と言う表現を不快語・差別語として使用しないと、1983年に聖書協会の方針としたのですから、このような表現にならざるを得ないのでしょう。


 24:45 忠実で賢い僕は、一体誰であろうか。
 日本聖書協会はこのところの訳において明治元訳・大正改訳・口語訳・新共同訳・パイロット版・聖書協会共同訳とほぼ一貫してティス(Τίς)を「誰」と訳しています。しかし、次節以降を読めばわかる通り、どのような僕が忠実で賢い僕なのかを問うているので、誰かを問うているわけではありません。しかしながら共同訳、フランシスコ会聖書研究所訳、田川訳、岩隈訳などはしっかりと「どのような」という意味の訳語を充てています。

 25:26においては、「怠け者の」「怠惰な」という語ではなく、オケネーロス(ὀκνηρός,)の語意 "しりごみしがち、小胆な、臆病な" の通りに "悪い臆病な僕だ" としているのはよい改善点でしょう。

 26:50 ὁ δὲ(しかし) ἰησοῦς(イエスは) εἶπεν(言った) αὐτῶ(彼に), ἑταῖρε(友よ), ἐφ᾽(目的) ὃ πάρει(あなたが来た).

聖書協会共同訳 "a友よ、しようとしていることをするがよい。" "a別訳「何のために来たのか」"

今回の訳は共同訳・新共同訳・パイロット版の流れの訳文。他にこれに近いものとしては、岩隈直訳、カトリックのフランシスコ会聖書研究所訳とバルバロ訳。

この個所ὅςについて、"マタ26.50(ダイスマンは ὃ を直接疑問代名詞の代用と見なし「君は何のために来ているのか」と解す。ターナーも同様。しかし他にこの意の確実な用例はないという)。" (「増補改訂新約ギリシャ語辞典」 岩隈直著 山本書店)との立場に立っている訳文は、聖書協会共同訳のフットノート、口語訳、田川訳、新改訳、詳訳がある。

しかし、"しようとしていることをするがよい"などと言う語意はそもそもない。

あとは細かいものがチョコチョコと気になるものがありました。駆け足で見てこれだけ出てくるのもねぇ。

聖書協会共同訳を二つに割ってみたら、ここぞという個所でフランシスコ会訳というかカトリック臭がプンプン臭ってくる感じがしました。

聖書協会共同訳とは



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