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聖書の訳 エウテュコの話


聖書協会共同訳旧約続編付き Athanasius


 さて、聖書協会共同訳で使徒言行録を読み進めていますが、ふと20章7節から12節までの話を読んでいて、以前から奇跡譚として違和感のある物語でしたが、短い取るに足りない話でしたのであまり詳しくは後追いなどしないで通過していました。今回の通読でもまた違和感を覚え、原語ではどうなっているのかな? とGreek Interlinearを手に取り見て行くと、「えっ!! 奇跡話じゃない」と思いました。

Greens Literal Translation Athanasius


ἤγαγον     δὲ  τὸν  παῖδα  ζῶντα,
They brought  and  the  boy  living.

 それで直訳の「新約聖書 訳と註 2下 使徒行伝」(田川建三訳著 作品社)を見ますと、

20:7 週のはじめに我々はパンを割くために集った。パウロは、翌日出発しようとしていたので、彼らに話をし、その言葉は夜中まで及んだ。
20:8 我々が集っていた階上の間には十分に燈火があった。
20:9 エウテュコスという名の若者が窓に座っていたのだが、パウロが更に話し続けていると、深い眠りにおそわれ、眠りに突つかれて三階から落ち、起こしてみると死んでいた。
20:10 パウロが下りてきて、彼の上に身をかがめ、抱きあげて言った、「騒ぐな。まだ息をしている」。
20:11 そして上がって行って、パンを割き、食べ、また明け方まで十分に話をし、そうして出発した。
20:12人々はその少年を生きて連れて帰った。彼らは少なからず呼びかけられたのであった。

 そして、註では 

"起こしてみると死んでいた 我々なら、「死んでいるかと思った」と書くところだが、彼らのものの言い方では、こういう時にはこういう省略表現をする。つまり、本当に死んでいた、というわけではなく、単に最初にだきおこした人たちは、早合点して、死んだと思って騒ぎ立てた、というだけのこと。"

"・・・だいたいこの話は奇跡物語でも何でもない。三階(?)から落ちたけれど、幸い生命に別状がなかった、運がよくてよかったね、と言うだけの話である。・・・" 

と、説明されていて(もっと詳しく7~12節で2頁半ほど)、これなら納得だなと思いました。

 なにも復活の奇跡と受け止めないのは、田川建三だけの独自なものではなく、昔の日本基督教団出版局の口語訳聖書の略解でも、

"この記事は、治療という意味での奇跡ではないが、聖霊による洞察力が示されている。神の力の表現と、対象に対する愛の行為という本来的な意味では、これも奇跡である。"

とあります。

 エウテュコの名前も「幸運」という意味ですし、話にピッタリとハマります。そして、他の翻訳はどうなっているのかと思い見て見ました。引用は主なものに絞りました。

エウテュコス


明治元訳
20:7一週の首の日〔我|われ〕らパンを擘ために集りしがパウロ次の日出立ん事を意ひ彼等に道をかたり講つづけて夜半に至れり
20:8彼等が集れる樓に多の燈あり
20:9ユテコと名る一人の少年窓に倚て坐し熟睡り居しがパウロの道を語れること久かりければ彼睡に因て三階より墜これを扶起ししに既に死り
20:10パウロ下て其上に伏これを抱て曰けるは爾曹憂咷ぐ勿れ此人の生命は中にあり
20:11斯てパウロ復上りパンを擘て食ひ久しく彼等と語り天明に及て出立り
20:12人々この少年を携へ其活るを見て甚だ慰めり

大正改訳
20:7一週の首の日われらパンを擘かんとて集りしが、パウロ明日いで立たんとて彼等とかたり、夜半まで語り續けたり。
20:8集りたる高樓には多くの燈火ありき。
20:9ここにユテコといふ若者窓に倚りて坐しゐたるが、甚く眠氣ざすほどに、パウロの語ること愈々久しくなりたれば、遂に熟睡して三階より落つ。これを扶け起したるに、はや死にたり。
20:10パウロ降りて其の上に伏し、かき抱きて言ふ『なんぢら騷ぐな、生命はなほ内にあり』
20:11乃ち復のぼりてパンを擘き、食してのち久しく語りあひ、夜明に至り遂に出でたてり。
20:12人々かの若者の活きたるを連れきたり、甚く慰藉を得たり。

口語訳
20:7週の初めの日に、わたしたちがパンをさくために集まった時、パウロは翌日出発することにしていたので、しきりに人々と語り合い、夜中まで語りつづけた。
20:8わたしたちが集まっていた屋上の間には、あかりがたくさんともしてあった。
20:9ユテコという若者が窓に腰をかけていたところ、パウロの話がながながと続くので、ひどく眠けがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ってしまい、三階から下に落ちた。抱き起してみたら、もう死んでいた。
20:10そこでパウロは降りてきて、若者の上に身をかがめ、彼を抱きあげて、「騒ぐことはない。まだ命がある」と言った。
20:11そして、また上がって行って、パンをさいて食べてから、明けがたまで長いあいだ人々と語り合って、ついに出発した。
20:12人々は生きかえった若者を連れかえり、ひとかたならず慰められた。

新共同訳
20:7 週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。
20:8 わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。
20:9 エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。
20:10 パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」
20:11 そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。
20:12 人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。

聖書協会共同訳
20:7 週の初めの日、私たちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。
20:8 私たちが集まっていた階上の部屋には、たくさんの灯がついていた。
20:9 エウティコと言う青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。
20:10 パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒がなくてよい。まだ生きている。」
20:11 そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。
20:12 人々は生き返った若者を連れて帰り、大いに慰められた。

新改訳第一版、第二版、第三版
20:7週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。そのときパウロは、翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
20:8私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんともしてあった。
20:9ユテコというひとりの青年が窓のところに腰を掛けていたが、ひどく眠けがさし、パウロの話が長く続くので、とうとう眠り込んでしまって、三階から下に落ちた。抱き起こしてみると、もう死んでいた。
20:10パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめ、彼を抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります。」と言った。
20:11そして、また上がって行き、パンを裂いて食べてから、明け方まで長く話し合って、それから出発した。
20:12人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。

新改訳2017
20:7週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。パウロは翌日に出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
20:8私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんついていた。
20:9ユテコという名の一人の青年が、窓のところに腰掛けていたが、パウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んで三階から下に落ちてしまった。抱き起こしてみると、もう死んでいた。
20:10しかし、パウロは降りて行って彼の上に身をかがめ、抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります。」と言った。
20:11そして、また上がって行ってパンを裂いて食べ、明け方まで長く語り合って、それから出発した。
20:12人々は生き返った青年を連れて帰り、ひとかたならず慰められた。

詳訳
20:7さて週の最初の日に、私たちがパンを裂くため〔すなわち、主の晩さんのために〕ともに集まった時、パウロは、翌朝出発するつもりでいたので、彼らと語り合い、話を続けて、夜半にまで及んだ。
20:8ところで私たちが集まっていた階上のへやには、かなり多くの明かりがともしてあった。
20:9窓の所にユテコという名の青年が腰を掛けていたが、パウロがなおも長く語り続くけているうちに、ひどく眠くなってきて、〔とうとう〕完全に眠り込んでしまい、三階から下に落ち、抱き起こしてみると死んでいた。
20:10しかし、パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめて、彼を抱き締めて、「騒いではいけない。まだ生命がある」と言った。
20:11パウロは階上に帰って行き、〔彼らとともに〕パンを裂いて食べ、夜明けまで彼らと<心を開いて>話し合ってから出発した。
20:12彼らは生き〔返った〕若者を家に連れ帰って、少なからず慰められ<励まされ<勇気づけられ>た。

ラゲ訳(1910年版)
20:7週の第一日、我等麪を擘かんとて集りしに、パウロは翌日出立すべきにて人々と論じ居り、夜半まで語続けしが、
20:8我等が集れる高間に燈火多かりき。
20:9茲にユチコと云へる青年、窓の上に坐して熟睡したりしに、パウロの語る事尚久しければ、眠りの為に三階より落ち、取上げたれば既に死したりき
20:10パウロ下り往きて其上に伏し、之を掻抱きて云ひけるは、汝等憂ふること勿れ、彼が魂身の中に在り、と。
20:11斯て又上りて麪を擘き且食し、尚拂暁まで語続けて其儘出立せり。
20:12然て人々青年の活きたるを連來りしかば、慰めらるる事一方ならざりき。

岩波書店新約聖書翻訳委員会訳
7 週のはじめの日、私たちがパンを裂くために集まっていた時、パウロは翌日出発することになっていたので、人々に話をしたが、その話は真夜中まで続いた。
8 私たちが集まっていた屋上の間には、ともし火がたくさんともしてあった。
9 その時、エウテュコスというある若者が窓に腰をかけていたところ、パウロの話があまり長く続くので、ひどい眠気に襲われ、眠り込んで、三階から下に落ちてしまった。そして、抱き起こしてみると、すでに死んでいた。
10 パウロは降りて行って、
彼の上に身を伏せ、抱きしめて言った、「騒ぐことはない。いのちはあるのだから」。
11 そして、上に行って、パンを裂いて食べ、明け方まで長い間語り続けてから出発した。
12 人々は生き返った少年を家に連れて帰り、少なからず慰められた。

前田護郎訳
20:7 週のはじめの日に、われらはパンを裂くために集まった。パウロは人々に語っていたが、翌日出発の予定であったので、夜中まで話をつづけた。
20:8 われらの集まっていた階上には明りがたくさんともしてあった。
20:9 ユテコという若者が窓に腰をかけていたが、パウロが長く話しつづけたので深く眠りこんだ。そして眠りに負けて三階から下に落ち、抱き起こすと死んでいた。
20:10 パウロが下りてきて若者の上に身をかがめ、抱きあげていった、「騒ぎなさるな、いのちがあります」と。
20:11 そして上がってパンを裂いて食べ、ゆっくり夜明けまで話し、それから出発した。
20:12 人々は生き返った子をつれてゆき、ひとかたならず慰められた。

塚本虎二訳
20:7 週の始めの日[日曜日]に、わたし達はパンを裂くために集まった。パウロは人々に話をしたが、翌日出発するつもりであったので、夜中まで話が続いた。
20:8 集まっていた階上の部屋にはランプが沢山ともしてあった。
20:9 ユテコという一人の青年が窓に腰をかけていたところ、パウロがながながと話をするので、深い眠りに落ち、(とうとう)眠りに負けて三階から下に落ちた。だき起こすと、もう事切れていた。
20:10 パウロが下りてきて青年の上にのしかかり、抱きしめて(人々に)言った、「騒ぐことはない。命はあるのだから。」
20:11 そして(階上に)上がっていって、(一同と)パンを裂いて食べ、ゆっくり明け方まで話して、それから出かけた。
20:12 人々は生きかえった少年を(家に)つれて行った。みんなが一方ならず喜んだ。

 詳訳聖書が分かりやすいので見て見ます。

"20:12彼らは生き〔返った〕若者を家に連れ帰って、" 

ここで亀甲括弧について凡例で、 "〔 〕 文章を明らかにするために必要と認めた挿入句であり、直接ギリシア語原文には出ていないが、正当な根拠を持つ説明的付加語であることを示す。"

 要は、原文にはない言葉で、自分たちの解釈に合わせて挿入した言葉ですよ、と云う事です。

 エホバの証人の新世界訳も "そこで,彼らは生き[返っ]た少年を連れて行き,一方ならぬ慰めを得た。" と、角括弧で囲って、序文で、"角かっこ: 一重の角かっこ[ ]は,そこに挿入された語が訳文の意味を明確にするための補足であることを示しています。" と、原文にない挿入句であることを示しています。

 詳訳聖書や新世界訳がそのように挿入句であることを示しているのに対して、口語訳、共同訳、新共同訳、聖書協会共同訳、新改訳、キリスト新聞社口語訳、フフランシスコ会聖書研究所訳、バルバロ訳、本田哲郎訳、前田護郎訳、泉田昭訳(国際ギデオン協会の「ニューバイブル」)、岩波書店新約聖書翻訳委員会訳、塚本虎二訳、創造主訳は、挿入語であることを示すことなく生き返ったと訳しています。また、ラゲ訳(1959年当用漢字版)では、本文は1910年版と当用漢字であること別にすれば変わりませんが、こちらは "青年、生き返らさる" と小見出しが付いて、パウロの奇跡譚にしています。リビングバイブルはほぼ作文。

 原文にない挿入語を入れることによって文章が変わってしまうのは問題があると思います。もし解釈訳というのならせめて詳訳などのように、一目でそれと分かるようにすべきであると思います。
 
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非公開コメント

No title

こんにちは。
これが極端になると、ジョセファット・ガジマみたいのが喜びそうなんて思ってしまったけど、ガジマを例に出したら失礼ですかね。

Re: Kazuyaさんへ

> こんにちは。
> これが極端になると、ジョセファット・ガジマみたいのが喜びそうなんて思ってしまったけど、ガジマを例に出したら失礼ですかね。

知性と理性を拒否した人たちには喜ばれるでしょうね。

アフリカ、南米、韓国あたりにはガジマみたいの多そうですね。

プロフィール

athanasius

Author:athanasius
当ブログにおいて、キリスト教関係の記事などにつきましては、あくまでもわたしの信仰や所属する教派・教会の教義的な私個人の立場から、わたしがおかしい、納得できない、ウソだろう、こうではないか、なとなどの批判・批評、否定、または合意、賛同などを書いています。また他宗教については個人的な感想として書いています。ある人にとってはとても不快に思ったり、反対意見もあると思います。その場合、広い心でお読みください。また、人の考え方は不変なものではありません。過去の発言と現在の発言が変わったりするのも自然なことですのでご留意ください。

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