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ヨセフスのキリスト証言から

Yahoo!ブログから転載(12月ブログサービス終了に付き引っ越し)

ヨセフスのキリスト証言から
2015/2/5(木) 午後 4:44
https://blogs.yahoo.co.jp/yhwhicxc/13753258.html

 聖書を読み進むに当たって、その時代についての聖書外史料というものを読むことによってさらによく聖書が理解できるということがあります。今日、アメリカの福音派や聖霊派などの聖書の十全霊感説に立つファンダメンタリストなどは、聖書のみだけで事足りるとばかりの態度であったりして、その聖書解釈などに、歴史的に見ておかしな主張があったりします。しかし、聖書は十全霊感などではないとして、ちゃんと歴史資料などを見て行くとき新たな聖書、リアルな生身の人間が見えてくると思います。

資料① Athanasius記名入り

 今回はそんな中でも有名なフラウィウス・ヨセフスの「ユダヤ古代誌」のキリスト証言を見てみましょう。

 まずは「ユダヤ古代誌 ⑥ 新約時代編[ⅩⅧ][ⅩⅨ][ⅩⅩ]」(フラウィウス・ヨセフス著 秦剛平訳 ちくま学芸文庫 pp.34-35)からキリスト証言を引用します。

“さてこのころ、イエスス(イエス)という賢人―実際に、彼を人と呼ぶことが許されるならば―が現れた( 六三-六四の、ナザレのイエスに関する記事は、ヨセフスの「キリスト証言」(Testimonium Flavianum)として有名。ある学者はこの記事の真実性を認め、ある学者は否定する。またある学者はこの記事の一部に、後代のキリスト教徒による加筆ないし削除があると主張する。一六世紀以降論争はいまだつづいている)。彼は奇跡を行う者であり、また、喜んで真理を受け入れる人たちの教師でもあった。そして、多くのユダヤ人と少なからざるギリシア人とを帰依させた。彼こそはクリストス(キリスト)だったのである。ピラトスは、彼がわれわれの指導者たちによって告発されると、十字架刑の判決を下したが、最初に彼を愛するようになった者たちは、彼を見捨てようとはしなかった。すると彼は三日目に復活して、彼らの中にその姿を見せた。すでに神の預言者たちは、これらのことや、さらに、彼に関するその他無数の感嘆すべき事柄を語っていたが、それが実現したのである。なお、彼の名にちなんでクリスティアノイ(キリスト教徒)と呼ばれる族は、その後現在にいたるまで、連綿として残っている。”

 このちくま学芸文庫版では、それ以前に出ていました山本書店版のようなテクストの詳細な注が無いため、本文だけを読んでもどこが“六三-六四の、ナザレのイエスに関する記事は、ヨセフスの「キリスト証言」(Testimonium Flavianum)として有名。ある学者はこの記事の真実性を認め、ある学者は否定する。またある学者はこの記事の一部に、後代のキリスト教徒による加筆ないし削除があると主張する。一六世紀以降論争はいまだつづいている”という箇所なのか分からないという難点があります。6巻の巻末に載せられた「訳者解説」において(pp.346-350)論争についての解説がありますが、テクストについてはやはり山本書店版を見てみないと分かりません。続いてまずはギリシャ語の「ユダヤ古代誌」本文と山本書店版のテクストの訳と注を引用します。

[63]
Γίνεται δὲ κατὰ τοῦτον τὸν χρόνον Ἰησοῦς σοφὸς ἀνήρ, εἴγε ἄνδρα αὐτὸν λέγειν χρή: ἦν γὰρ παραδόξων ἔργων ποιητής, διδάσκαλος ἀνθρώπων τῶν ἡδονῇ τἀληθῆ δεχομένων, καὶ πολλοὺς μὲν Ἰουδαίους, πολλοὺς δὲ καὶ τοῦ Ἑλληνικοῦ ἐπηγάγετο: ὁ χριστὸς οὗτος ἦν.

[64]
καὶ αὐτὸν ἐνδείξει τῶν πρώτων ἀνδρῶν παρ' ἡμῖν σταυρῷ ἐπιτετιμηκότος Πιλάτου οὐκ ἐπαύσαντο οἱ τὸ πρῶτον ἀγαπήσαντες: ἐφάνη γὰρ αὐτοῖς τρίτην ἔχων ἡμέραν πάλιν ζῶν τῶν θείων προφητῶν ταῦτά τε καὶ ἄλλα μυρία περὶ αὐτοῦ θαυμάσια εἰρηκότων. εἰς ἔτι τε νῦν τῶν Χριστιανῶν ἀπὸ τοῦδε ὠνομασμένον οὐκ ἐπέλιπε τὸ φῦλον.


ユダや古代誌ⅩⅧ-ⅩⅨ フラウィウス・ヨセフス著 秦剛平訳 山本書店 pp.43-46

“ イェースース・クリストスの生と死と復活
〔六三〕
(3) さて⒝このころ⒞、イエースースという賢人⒟―実際に、彼を人と呼ぶことが許されるならば⒠、


(b) 〔六三〕-〔六四〕の、ナザレのイエスに関する記事は、ヨセフスの「キリスト証言」(Testimonium Flavianum)として有名(拙訳『アピオーンへの反論』七-九、三四-三六頁参照)。ある学者はこの記事の真実性を認め、ある学者は否定する。またある学者はこの記事の一部に、後代のキリスト教徒による加筆ないし削除があると主張する。一六世紀以降論争はいまだつづいている。

(c) <このころ>(κατὰ τοῦτον τὸν χρόνον )。この記事につづくものとして〔六五〕以下に、ローマのイシス神殿におけるスキャンダルの記事がおかれている。その冒頭は<同じくそのころ>(καὶ ὑπὸ τοὺς αὐτοὺς χρόνους)ではじまるが、タキトゥス『年代記』二・八五その他によれば、この事件の発生は一九年である。訳者には<このころ>がいつを指しているか不明であるが、ヨセフスが前後の記事との年代記的な整合性を考えず、記事を挿入することがあることを指摘しておきたい。

(d) <賢人>(σοφὸς ἀνήρ)。ヨセフスによるこの用例は、本書Ⅷ〔五三〕、Ⅹ〔二三七〕参照。

(e) <実際に、彼を人と呼ぶことが許されるならば>(εἴγε ἄνδρα αὐτὸν λέγειν χρή)。この一節は後代のキリスト教徒による加筆であろう。加筆者がイエスの神性を前提としていることは明白である。

―があらわれた。彼は奇跡を行う者であり⒜、また、喜んで真理をうけいれる人たち⒝の教師でもあった。そして、多くのユダヤ人と少なからざるギリシア人とを帰依させた⒞。彼〔こそ〕はクリストスだったのである⒟。
〔六四〕
 ピラトスは、彼がわれわれの指導者たち⒠によって告発されると、十字架の判決を下したが、最初に〔彼を〕愛するようになった者たちは、彼を見すてようとはしなかった。〔すると〕彼は三日目に復活して、彼らの中にその姿を見せた。すでに神の予言者たちは、これらのことや、さらに、彼に関するその他無数の驚嘆すべき事柄を語っていたが、それが実現したのである⒡。なお彼の名


(a) <奇跡を行う者であり>(ἦν ・・・ παραδόξων ἔργων ποιητής)。παράδοξα ἔργα (>παραδόξων ἔργων) に「奇蹟」という訳語を与えることは問題があるかもしれない。この語句がヨセフスのものであれば、本書Ⅸ〔一八二〕、ⅩⅡ〔六三〕の用例からして、それは「尋常でない仕事」位の意味で、全体を「尋常でない仕事をする職人であり」と訳するのが適当であろう。そもそもヨセフスは、奇蹟を行ったりして民心を惑わす輩を極度に警戒する。

(b) <喜んで真理をうけいれる人たち>(τῶν ἡδονῇ τἀληθῆ δεχομένων)。ヨセフスによる ἡδονῇ δέχεσθαι (>ἡδονῇ ・・・ δεχομένων)の用例は、本書ⅩⅦ〔三二九〕、ⅩⅧ〔六〕、〔五九〕、〔七〇〕、〔二三六〕、〔三三三〕、ⅩⅨ〔一二七〕、〔一八五〕
等で見られるが、通常 ἡδονή は、「感覚的な喜び、満足」(ラテン語の voluptas) を意味し、「精神的な喜び、満足」を意味しない。したがって τῶν ἡδονῇ τἀληθῆ δεχομένωνは不自然な表現である。なお訳者には、この場合ヨセフスならば τῶνἁσμένως τἀληθῆ δεχομένων と書いたであろうと思われる(ἁσμένως δέχεσθαι の用例は、本書Ⅳ〔一三一〕、Ⅷ〔三〇五〕、ⅩⅡ〔一八八〕、二〇九)、ⅩⅧ〔一〇一〕、ⅩⅩ〔二三〕、『戦記』Ⅰ〔一〇五〕参照)。
 <真理>(τἀληθῆ)。一八世紀のN・フォルスター以降、多くの学者は、本来、大文字写本では ΤΑΑΘΗ (尋常ならざること)と書かれてあったが、それがキリスト教徒によって ΤΑΛΣΘΗ (真理)と改竄、または誤写されたとする。<尋常ならざること>(τὰ ἀηθῆ>τἀληθῆ)ならば、τῶν ἡδονῃ τἀήθη δεχομένων は自然な表現である。

(c) <多くのユダヤ人と少なからざるギリシア人とを帰依させた>(καὶ πολλοὺς μὲν Ἰουδαίους, πολλοὺς δὲ καὶ τοῦ Ἑλληνικοῦ ἐπηγάγετο)。

(d) <彼〔こそ〕はクリストスだったのである>(ὁ χριστὸς οὗτος ἦν)。この一節は、後代のキリスト教徒による加筆である。ユダヤ教徒であるヨセフスがこの一節を書くとしたら、リチャーズとシュットが推定したようにまず<彼はクリストスと呼ばれた者だった>(ὁ χριστὸς λεγόμενος οὗτος ἦν または ὁ λεγόμενος χριστὸς οὗτος ἦν)と書き、ついで『ユダヤ古代誌』の読者である異邦人のために「クリストス(救世主)」について説明を行ったであろう。なおここで、ヨセフスが当時のメシアを待望する民衆の運動にきわめて批判的であったことは覚えておく必要がある。

(e) <われわれの指導者たち>(τῶν πρώτων ἀνδρῶν παρ' ἡμῖν)。この語句がヨセフスのものかどうかは判定しがたい。しかし、παρ' ἡμῖνが ἀνδρῶνの前におかれ τῶν πρώτων παρ' ἡμῖν ἀνδρῶν と書かれていたら、それはヨセフス的と言える。(この種の用例は、本書Ⅳ〔一〇四〕、Ⅷ〔三〇一〕、〔三七六〕、ⅩⅩ〔四七〕、〔二六六〕参照)。なお、この「キリスト証言」が引用されているエウセビオス『福音の論証』では ῶ παρ' ἡμῖν ἀρχόντων となっている。これはヨセフス的である。

(f) <ピラトスは、・・・それが実現したのである>(καὶ αὐτὸν ἐνδείξει τῶν πρώτων ἀνδρῶν παρ' ἡμῖν σταυρῷ ἐπιτετιμηκότος Πιλάτου οὐκ ἐπαύσαντο οἱ τὸ πρῶτον ἀγαπήσαντες: ἐφάνη γὰρ αὐτοῖς τρίτην ἔχων ἡμέραν πάλιν ζῶν τῶν θείων προφητῶν ταῦτά τε καὶ ἄλλα μυρία περὶ αὐτοῦ θαυμάσια εἰρηκότων) この二節がヨセフスのものかどうか判定しがたい。ヨセフス自身、パリサイ人として復活を信じていたとしても、この種の話を読者に伝えるためには、それが荒唐無稽な話として一笑に付されないよう、文章上に慎重な配慮を行ったであろうと思われる。たとえば、第二節は、<噂によれば>(λέγεται ὅτι)あるいは<人びとの語るところによれば>(ὡς λέγουσιν)<世間には・・・と言っている人たちがいるが>(καίτοι γὲ φασίν τινες ・・・)という導入句ではじめ、<この話の真偽のほどについては、読者各自の判断にゆだねよう>(περὶ μὲν τού ὡς ἂν ἑκάστοις ᾖ φίλον, οὕτω σκοπείτωσαν)でもってしめくくることが考えられるが、ここでは、そのような配慮が―それが内容を弱めるものとして、後代のキリスト教徒に削除された可能性は残るが―全く見られないことに留意する必要はある(聖書中の信じがたい物語を語るさいのヨセフスの文章上の配慮については、拙訳『ユダヤ古代誌』Ⅶ-Ⅷ、「プロレゴメナ」五〇-五一頁参照)。

にちなんでクリスティアノイと呼ばれる族[フロン]は⒜、その後現在にいたるまで、連綿として残っている。


(a) <クリスティアノイと呼ばれる族>(τῶν Χριστιανῶν ἀπὸ τοῦδε ὠνομασμένον ・・・τὸ φῦλον)。<族>(τὸ φῦλον)という語は一・二世紀のキリスト教側の文献には見られないことが指摘されている。”

 このテクストの注から、問題のない箇所と別訳などを抜き出して見ますと、
“さてこのころ、イエースースという賢人があらわれた。彼は尋常でない仕事をする職人であり、また、喜んで尋常ならざることをうけいれる人たちの教師でもあった。そして、多くのユダヤ人と少なからざるギリシア人とを帰依させた。なお彼の名にちなんでクリスティアノイと呼ばれる族[フロン]は、その後現在にいたるまで、連綿として残っている。”
となります。程よくキリスト教徒と距離が取れていて、ちょっとさめた目でクリスティアノイという族(フュロン)を見ているように感じられます。

 今日、わたし達が手かざしや霊言などの新興宗教に心酔する信徒達を眺めるようなさめた目で見て、こういう人たちについて何かを書いたかのような感じに近いように思えます。

 そして、ヨセフスの伝える初期クリスティアノイたちは、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」にてキリスト教進展の五大要因とよく一致すると感じられます。

 “ 惟〔おも〕うに、クリスト教を最も有効に、幇助し、愛護したものは、左の五原因であったようである。‥‥ 
一、クリスト教を不撓不屈な、そして(もしこういう言葉が用いられるとすれば)非妥協的な熱心。これは實を云えば、ユダヤ教から引き出したところのものであるが、しかしモーセの律法を尊奉することを異邦人に勸誘するよりもむしろ阻止したところの偏狭な非社会的なユダヤ精神からは蝉脱していた。
二、未來生活の教理、ただしこの不滅の眞理に重味と効力とを興え得べきあらゆる附加條件によって洗練されたもの。
三、初代教會の所有したという奇蹟の力。
四、クリスト教徒の純眞嚴格な道徳觀。
五、ローマ帝國のまんなかで漸次獨立不覇の状態を建設しつつあったクリスト教徒社會の統一と紀律。”(岩波文庫版)

 福音書から最期の十字架と復活を除けば、その多くがイエスの奇蹟物語であることから、イエスを尋常でない仕事をする職人であり、信者たちはそれを受け入れた人たちとの見方は、よく一致しているといえます。そして、その霊異をもって教会は広まっていったのでしょう。


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